R・マドリードのペレス政権、12年間で9人の指揮官が退任 その共通項は?
ルールに従い、アンチェロッティを解任
レアル・マドリードのフロレンティーノ・ペレス会長は25日、カルロ・アンチェロッティ監督の解任を発表した。それを受けてスペイン紙「アス」が、12年間のペレス政権で9人もの指揮官を退任に追い込んでいることを伝えた。
「我々はより多くのものを欲し、望んでいる。ここに『十分』という言葉は存在しない。それこそ我々が歴史を築くための規則であり、未来を決定づけるものだ。我々には全てをつかみ取る伝統がある」
ペレス会長はUEFAチャンピオンズリーグ準決勝でユベントスに競り負けた後、そう口にした。
ペレス会長の在任 期間で9人もの指揮官がマドリードを後にしてきた。2003年、2度のCL制覇とリーグ優勝を果たしたビセンテ・デル・ボスケ氏(現スペイン代表監督)が解任されると、その後の指揮を任せられたカルロス・ケイロス氏は1年で解任される。
そして、ホセ・アントニオ・カマーチョ氏(現ムルシア代表)も成績不振によりわずか4カ月でレアルを去った。当時、アシスタントコーチを務めていたマリアノ・ガルシア・レモン氏がシーズン途中で指揮官を引き継ぐものの、翌シーズンにはヴァンデルレイ・ルシェンブルゴ氏(現フラメンゴ)が就任。だが、同氏もタイトルレースから早々に脱落して解任に追い込まれた。
シーズン途中でフアン・ラモス・ロペス・カロ氏が就任するも、最終的にタイトル獲得は ならず解任された。ペレス会長自身もクラブの不振を受け、06年に辞任を余儀なくされた。