ブラジルで7年間プロ生活を送るFW東城利哉 日本で「枠にはめられるのが嫌だった」
「ブラジルに来て貪欲さが欠けていたと気付かされた」
小学5年生で2週間経験したスペインでの寮生活で、サッカーにどっぷり浸かることができる環境があることに感銘を受け、サッカーに専念できる海外でのプレーに憧れを抱いた東城。日本とは違い、ゲーム形式の練習が多かったことも、より海外が魅力的に映った理由だったという。
「小さい頃からドリブルが好きだったし、現地のコーチに褒められて、よりドリブルの意識が強くなった。日本のチームは、こうしなきゃいけないというルールがたくさんある。それが嫌だった。学校でも、テストで何点以上取らなきゃいけないとか言われるじゃないですか。そういう枠にはめられるのが嫌だった。でも、サッカーならゴールを決めれば何も言われない」
規則にはめるのではなく、長所をより伸ばそうとする海外のスタイルがより肌に合うと感じるのは、東城にとって自然なことだった。そして、ブラジルで目にした同世代の少年たちのゴールへの強い執念が、地球の裏側への思いを強くした。
川崎フロンターレユース時代には、ドリブルやゴールへの意識が強すぎるあまり、組織プレーを重視するチームの方針に馴染むことができず、高校卒業後の希望進路はブラジル行きの選択肢一つだけ。周囲に流されそうになり、大学進学が頭にちらついた時期もあったが、夢を実現する道を選ぶことに迷いはなかった。
ブラジルで最初にユニフォームに袖を通したのは、サンパウロ州リーグ4部のパウリーニャ。その後、リオデジャネイロ州1部、全国選手権4部のフリブルゲンセに移り、念願のプロ契約を手にした。
「ブラジルに来て、ユース時代の3年間は貪欲さが欠けていたなと気付かされました。18歳の日本人なんて誰もリスペクトしないし、パスも来ない。周りのブラジル人たちのほうが、僕よりもゴールに対しての執念があった。彼らを見て、こいつら貪欲だなと思った」