知られざるMLSの世界 シアトル・サウンダーズFCが掲げる“ファンと共に”というブランド

大事なのはトライすること

「私たちは、まず自分たちが楽しんでいます。自分たちが楽しまないと、ファンに楽しんでもらうことはできないと考えています」
 前出のブラスバンド、実はこれは、オーナーの一人でありコメディアンでもある、ドリュー・キャリー氏のアイデアで生まれたものだ。オーナーになるにあたり、どうしてもやりたかったことの一つなのだという。オーナーのちょっとした遊び心を具現化した好例だといえる。
 他にも、センチュリーリンク・フィールドでは、サウンダーズがゴールを決めると、ゴール近くに設置された装置から炎が噴き 出る演出を施している。実はこの演出、先述の評議会でファンから出されたアイデアを実現したものだ。ファンからも好評を博している。
「評議会に限らず、出た意見は『まずトライしてみよう』というのが、クラブの精神です。失敗すればやめればいいだけ。やってみないことには、何が成功するのかも分かりませんから」
 自分たちがファンであったら、何を楽しいと思うのか、何に喜びを感じるのか、その目線を大事にしている。だからこそ、まずは自分たち自身が楽しみながらトライするという精神を忘れないようにしているのだ。
 ここまで見てきたように、サウンダーズの戦略は明快だ。冒頭で紹介したウィリー氏の言葉通り、サウンダーズは「常に自分たちの存在価値を意識」してい る。それはつまり、目線の全てをファンに向けることにある。ファンや地域住民に対してサウンダーズが何を提供できるのか、サウンダーズというブランドをどう見られ、どう感じられるのか。それがクラブの戦略であり、目指すべき方向性にある。
 創設からまだわずかに8年。歴史は確かにまだ浅いかもしれない。だが、この間に成し遂げた功績は、偉業といっても過言ではない。しかし、これまでに積み上げてきた歴史よりも、これから紡いでいく未来の方がはるかに長い時間となる。いつかは苦難の時代が訪れるかもしれない。
 だがそれでも、サウンダーズは何よりも大きな武器を携えている。ファン、クラブ、オーナー、クラブに関わる全ての人々が、同じ方向を向き、共に歩み続けることだ 。それこそが、これから何十年、年百年と続いていくクラブの伝統となり、街の誇りとなるだろう。サウンダーズがファンと共に歩む冒険は、まだその序章が幕を開けたばかりだ。
profile
バート・ウィリー
シアトル・サウンダーズFC COO(最高執行責任者)
1996年より元メジャーリーガー、ブレット・バトラー氏の広報担当としてキャリアをスタート。711.net社、Bobby Hillin Racing LLC社にて広報部長を歴任。2001年より、前身のシアトル・サンダーズ(当時ユナイテッドサッカーリーグ・ファーストディヴィジョン所属)のGMとしてチームの発展に寄与し、クラブとサポーターとのパイプ役として尽力する。08年より同クラブのビジネスデベロップメントおよびビジネスオペレーション・ディレクターとして、チケットセールス、クラブ・企業間のパートナシップ、地域貢献、チャリティー、広報、マーケティングなどを統括後、13年にVice President of Business Operationへと昇進。14年夏にCOOに就任し、現在に至る
株式会社 RIGHT STUFF=取材協力

(サッカーマガジンZONE4月号に掲載)

【了】

野口学●文 text by Manabu Noguchi
ゲッティイメージズ●写真 photo by Getty Images

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