絶対王者バイエルンの危機を救った72歳の名将 老獪な手腕に見る采配の奥深さ

ビダル、ハメス、ミュラーが再び輝く

 例えば、不摂生や生活の乱れが報じられていたMFアルトゥーロ・ビダルを叱責した。レバークーゼン時代から知り、その才能を開花させた教え子の今を認めるわけにはいかなかった。するとビダルに、恩師の言葉が響いた。11月18日の第13節アウクスブルク戦(3-0)では素晴らしいゴールを決め、中盤でのダイナミックなプレーも蘇ってきた。

 鳴り物入りで加入しながら順応に苦しんでいたMFハメス・ロドリゲスには、焦らずにゆっくり取り組むようにと諭した。アスレチック・ビルバオ、レアル・マドリードで監督を務めていた時の経験、そしてスペイン語に堪能だったことも首脳陣がハインケスを頼った理由の一つ。ドイツ独特の寒さと厳しさに理解を示し、徐々にチームの輪に溶け込ませた。指揮官からの信頼を感じ取ったハメスのプレーからは、軽やかさが感じられるようになっている。

 そしてアンチェロッティ政権下で調子を落とし続けていたFWトーマス・ミュラーが、再び輝き出している。サッカーではゲームプランとともに、“プランブレイク”が大きな意味を持つ。ミュラーは味方のプランから外れながら、相手のプランの泣きどころを突くことができる。自由と規律。そのバランス感覚を巧みにコントロールし、「既存の戦術にはまらない」ミュラーの良さを最大限引き出していく。

 その采配の妙からは、監督という仕事の奥深さに感嘆せざるをえない。全て計算された希代の戦術家と対抗しうるだけの老獪さ、明確なプランと選手の力を開放させる人心掌握術――。現有戦力の単純な比較だと、例えばUEFAチャンピオンズリーグを優勝できるだけのレベルにはないかもしれない。だが、バイエルンの怖さは、そうした既存の分析を吹き飛ばす何かが生まれる時だ。そしてその雰囲気が、少しずつ生まれてきている。

【了】

中野吉之伴●文 text by Kichinosuke Nakano

ゲッティイメージズ●写真 photo by Getty Images

 

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