Jリーグで「最高に感動的」な瞬間 海外ジャーナリストが驚き…欧州では「思いつかない」【インタビュー】

スイス出身のリオネル・ピゲ氏にとって忘れ得ぬ平和記念マッチ
1993年の開幕から30年以上の歴史を紡いできたJリーグは、“海外”の視点だと何が誇るべき文化として映るのか。写真家・ジャーナリストとしてこの国のサッカーを取材し続けてきたスイス出身のリオネル・ピゲ氏をこのほど直撃。ファインダーを通して見つめた“最も特別な瞬間”のエピソードを訊いた。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・山内亮治/全2回の1回目)
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「Jリーグは本当に素晴らしい取り組みを思いついたと感じたよ。その日、撮影で現場にいたけど、最高に感動的な経験をできたと思っている」
日本サッカーを取材してきたなかで、最も印象的な出来事を教えてほしい――。神戸在住で写真家・ジャーナリストとして活動するピゲ氏はリクエストに対しそう語り、2018年8月11日のJ1リーグ第21節サンフレッチェ広島対V・ファーレン長崎を挙げた。2003年の来日後、20年近くこの国のサッカーシーンを追いかけてきた本人にとって、魂を揺さぶられずにはいられない瞬間だった。
2018年に長崎がJ1に昇格したことにより、国内最高峰の舞台で初めて実現した平和記念マッチの2試合目(初戦は長崎がホームに広島を迎え撃ち0-2で敗戦)。8月の一戦も、ホームの広島が2-0と快勝した。とはいえ、平和への思いを新たにする夏である。世界でたった2つしかない原爆被害を受けた都市によるサッカーを通じた世界平和の発信と犠牲者への哀悼の意が込められたこの試合には、勝敗以上の重要な意味があるのは言うまでもない。
忘れがたい瞬間は試合前からあった。平和記念公園に足を運んだ際に目にした光景を述懐する。
「広島と長崎の両クラブサポーターがともに平和への祈りを捧げていた。この光景も素晴らしく、信じられない思いだった」
夜のとばりが降りるとともに空が群青に染まり始めた頃、選手がエスコートキッズと入場。「86」と「89」――それぞれの「原爆の日」を表す背番号が記された特別ユニフォームを着用して。そしてキックオフに先立ち、広島・長崎の被爆者らが招かれた「平和祈念セレモニー」が実施された。この時にシャッターを切った一枚が、ピゲ氏にとってJリーグ撮影の中で特に思い入れのある写真だという。
「セレモニーでは選手のメッセージが読み上げられ、平和への思いなどが語られた。そして、場内の大型ビジョンにメッセージが映し出され、スタジアムにいた全員がスクリーンを見つめていたんだ。彼らの姿にとても感動したし、平和への連帯を感じたよ。この試合はあらゆる面でとても平和的で、会場全体が感動的な空気に包まれていたことをよく覚えている」

欧州でもピースマッチのような試合はあるか?
彼の母国であるスイスやそのほかの欧州諸国ではどうなのだろう。同様のメッセージ性を持った試合を現地で観たことがあるか尋ねると、少しの間、思案にふけって「クラブや町の歴史を祝うイベントならあるけど、ピースマッチのような試合があるかと言われれば、思いつかないな」と一言。その理由を「サッカーに対する受け止め方が日本とは違うんだ」と分析し、こう続けた。
「ヨーロッパ出身の自分たちにとって、サッカーはある種の“宗教”さ。例えば、アーセナルファンにとってスパーズ(トッテナム)は死ぬまで憎しみの対象なんだよ。家族だってライバルを応援することを許しちゃくれない。クラブに対する愛以上のものかもしれないね。ちょっと極端かもしれないけど、日本人が想像するよりもずっと先の次元にある話なんだ」
さらに、「14歳の頃、スコットランドでホームステイしていた時の話もさせてよ」とエキセントリックな体験談を教えてくれた。
「移り住んだ当時、セルティックとレンジャーズ両方のユニフォームを持っていたんだ。だって、当時はまだ幼く、インターネットも今ほど発達していなかったたから、両チームの詳しい知識を持っていなかった。
そうしたらある日、レンジャーズのユニフォームを見たステイ先のお父さんが『もう二度と袖を通すんじゃないぞ』って僕に言うんだ。『ここはセルティックの家だから、それ以外は許さん』と。だから、毎週見る試合はセルティックだったし、かけているラジオもセルティックの番組だけ。素晴らしい経験だったけど、宗教だよね。あと、イングランドの国歌が流れるとテレビの音も切っていた。その家では一度も聴いたことがないよ」
日本と海外のサッカーを巡る歴史や社会の違いを感じさせるピゲ氏のエピソード。当然ながらそれぞれに貴賤の別はなく、国民性やスポーツへの価値観も異なる。日本サッカーはこれからも独自の発展を遂げながら、観る者の胸を打つ文化を築いていくべきなのだろう。
[プロフィール]
リオネル・ピゲ/1980年生まれ、スイス出身。写真家兼ジャーナリスト。2003年にワーキングホリデーで来日し、10年からデータ系サイトでのデータ分析作業を通じてメディアの世界へ。その後、海外向けJリーグ専門媒体「JSoccer Magazine」で執筆を開始し、スポーツ総合媒体「Inside Sports Japan」でフォトグラファーの活動も本格的に行うようになった。サッカー以外でも、これまでに2019年のラグビー・ワールドカップをはじめ、アメリカンフットボール、野球、相撲と日本のスポーツシーンを幅広くカバーしている。