英国新記録へカウントダウン…28歳日本人「歴史に名を刻む」 47億円補強の最強チームを支える“心臓”【現地発コラム】

バーミンガムの岩田智輝【写真:Getty Images】
バーミンガムの岩田智輝【写真:Getty Images】

フットボールリーグ・トロフィーの栄冠を逃した岩田智輝が所属するバーミンガム

 4月13日、ロンドンでフットボールリーグ・トロフィーの今季決勝が行われた。結果は、ピーターバラが下馬評を覆してバーミンガムに完勝(2-0)。英国サッカー界の偉人サー・アレックスの息子、ダレン・ファーガソン率いる昨季王者は、クリス・デイビス新体制下で今風の攻撃サッカーを志向する優勝候補を、得意のカウンターで仕留めて大会2連覇を果たした。

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 国際的には、「人知れず行われた」ということになるのだろう。フットボールリーグ(2~4部)の下2層に所属するクラブと、チャンピオンシップ(2部)とプレミアリーグから選ばれたアカデミーチームが参戦する大会は、国内でも「主要タイトル」には数え入れられない。かく言う筆者も、バーミンガムに岩田智輝がいなければ、11年ぶりに決勝戦の取材に出向くことはなかった。

 しかし、サポーターを含む当事者たちにとっては、ウェンブリー・スタジアムでの立派な晴れ舞台だ。リーグ1(3部)対決となった今回も、スタンドでは7万2000人近い大観衆が「我がチーム」の背中を押し続けた。

 ピッチ上で散る“火花”も、ウェンブリーでの決勝戦らしい。バーミンガムは、試合の5日前に同じ相手を下したリーグ1第40節で、最優先目標だったチャンピオンシップ復帰を決めていた。前日には、2位レクサムがポイントを落としたことで、3部王者としての昇格も決定した。それでも選手たちに漲る闘志は、試合の終了間際のみならず、終了後にも敵軍と小競り合いを演じるほどだった。

 岩田は、日本人らしく冷静に見えた。2ボランチの一角で先発し、最後は選手交代に伴いセンターバック(CB)に回ったピッチ上で、チームの敗北を告げる笛を聞いた直後も、自ら相手選手に歩み寄って握手を交わしていた。

 だが選手にとって、勝負は勝負であり、決勝は決勝。本人の胸中には無念が渦を巻いていたようだ。

 メインスタンド上段で準優勝メダルを受け取る際、場内のスクリーンには、バーミンガムのアメリカ人オーナーが、チームの前で熱弁を振るう様子が映っていた。そこで試合後、基本的に英語は問題のない岩田にスピーチの内容を尋ねてみると、「多分、まだまだこれからだっていう感じのことは言っていました。悔しくて、聞いていなかったです(苦笑)」と返ってきた。

敗戦もフットボールの聖地に感動

 そして、移籍1年目の日本人MFにとっても、ウェンブリーはウェンブリーだ。表彰セレモニーが始まる前、最後までスタンドの前でサポーターの声援に感謝の拍手を送っていた岩田は言っている。

「感動しましたね、やっぱり。最初にウォーミングアップで入った時と、スタジアムの大きさと雰囲気にはすごく感動しましたし、プレー中もすごく楽しみながらできていました。なおかつ勝てれば良かったんですけど。負けた悔しさとともに、またここに帰って来たいっていう気持ちは持ちました」

 もっとも、そう話す表情はさばさばしていたように、30年ぶりのフットボールリーグ・トロフィー優勝を逃す結果となってはいても、バーミンガムにとっての今季は「成功」以外の何物でもない。カップ戦決勝を待たずして、無形だがはるかに重い「昇格」というトロフィーを勝ち取っているのだから。

 当然の成り行きという見方もあるだろう。現オーナー陣は、サッカー界の新興勢力という青写真を描いて、2年前のバーミンガム買収に踏み切っている。まさかの昨季降格で迎えたリーグ1での今季には、即座の返り咲きを想定し、3部リーグでは巨額と言える、総額47億円超の補強を行って臨んでいた。昨夏の移籍市場で、岩田と横山歩夢(KRCヘンク2軍に期限付き移籍中)の日本人両名を含む計17人が獲得されたスカッドは、ピッチ上と帳簿上の双方で「3部最高レベル」にあると理解されていた。

 しかしながら、大型補強が目標達成を約束するとは限らない。開幕前には、リーグ1の他クラブから「一泡吹かせてやる」という類の声も聞かれた。加えて、自軍の新監督は、コーチとしてはリバプールとトッテナムでプレミア経験も持つ指導者だが、指揮官としては「若葉マーク」の40歳でもあった。

 そのバーミンガムが、実際にはリーグ戦6試合を残して昇格を成し遂げた。予想以上と言えるペースでの目標達成は、セルティック(スコットランド1部)から3年契約で獲得されると、期待に違わぬ即戦力となった岩田の存在が要因の1つに挙げられる。

岩田智輝が”起用”された観戦プログラム【写真:山中忍】
岩田智輝が”起用”された観戦プログラム【写真:山中忍】

「歴史に名を刻むことができる」最多勝ち点の国内記録更新の可能性

 移籍直後から不動のスタメンと化した28歳の日本人MFは、今回の決勝で観戦プログラムにも“起用”されていた。選手の1人が、チームメイトの特徴を合成して理想のサッカー選手を創成するという、メンバー紹介代わりのページに駆り出されていたのだ。岩田が「スキル」を抽出した韓国代表MFペク・スンホと、自ら「スタミナ」を構成要素に選んだ本人が組む今季の正2ボランチは、対戦相手が自軍と同じく攻撃的であれ、警戒心を強めて守備的であれ、中盤を支配する戦い方を可能にした。

 岩田自身が、「単純に向こうのほうが上回っていた」と認めたウェンブリーでの一戦では、そうしたバーミンガムらしい戦い方もままならなかった。振り返ってみれば、ピーターボロ戦は、ホームとアウェーで勝利を収めた今季リーグ対決でも、表面的には下位との対戦でありながら、それぞれ3-2と2-1の接戦。岩田は、イングランド3部を「本当に難しいリーグ」だと表現している。

「試合に出たい」という理由で決意した移籍先では、「(リーグ戦)46試合プラス、カップ戦(3大会)を含めてかなりの試合数でコンディションを整えることを第一に考えながら、毎試合100パーセントでできるようにという部分にこだわってやってきた」とのだという。

 岩田が中盤中央に加わったバーミンガムは、言わばチームとしての“体幹”の強さが、結果を出し続けるパフォーマンスを支え続けた。

「すごくタフなリーグだったなと思いますね。簡単に勝てる試合は1つもなかったので、常に良い準備をしないといけない。すごくフィジカルが求められるリーグで、プロとして初めてボランチで1年間通して試合に出ることができて、最初に比べて成長できたなとは思います」

 もちろん、来季にイングランド挑戦2年目の舞台となるチャンピオンシップは、また1つレベルの違う世界だ。

「テクニックだったり、戦術だったりっていうのは、より必要になってくると思っていて、そこは上げていかないといけない。でも、自分たちのサッカーは、よりそっち寄りなのかなと思う。昇格も決まりましたし、チャンピオンシップに向けての準備はもう始まっているので、次の試合からはそういう意識でやっていかないと、と思っています」

 岩田が言うように、移籍1年目のシーズンは、まだ終わっていない。リーグ1でのラスト6試合でも勝利を目指す意義が残されてもいる。

「あと3、4試合勝てば、イングランドで今までで最多(となる)勝ち点を取れるので、そこは目指していきたい。記録を作れればチームとしても、個人としても歴史に名を刻むことができるので、そこですね、今は」

 具体的には、残る第41節以降の3勝でリーグ1記録(103ポイント)、4勝で国内プロリーグ(1~4部)記録(106ポイント)を塗り替えることができる。

 いずれも、国際的には人知れず生まれる新記録となるのかもしれない。だが、イングランドのサッカー史に名を残すか否かにかかわらず、世界的な人気を誇るプレミアへの昇格へと目標もステップアップするバーミンガムが、より以上の注目を浴びることは間違いない。クラブは、2010-11シーズン以来となるトップリーグの一員として相応しい、6万人収容規模の新スタジアム建設を計画してもいる。

 サポーターたちが、ウェンブリーのスタンドで披露した巨大な横断幕には、「ON THE RISE」とあった。文字どおり、バーミンガムは「上昇傾向」にあるチームだ。その心臓部に、自らも上を目指し続ける岩田がいる。

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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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