“日本の10番”が吐露「差はすごく感じた」 欧州名門で試行錯誤…「1試合も無駄にしたくない」の戦意【現地発コラム】

終了間際の劇的弾で女子FA杯決勝を逃したリバプール・ウィメン
勝負の世界で、「たられば」を言えば切りがない。そう分かってはいても、やはり、「リバプール・ウィメンがリードしたままハーフタイムを迎えていたら?」と思ってしまう一戦だった。
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4月12日、チェルシー・ウィメンのホームで行われた、今季の女子FAカップ準決勝。同大会で29年ぶりとなる決勝進出を目指すリバプールの望みは、後半アディショナルタイム4分に断たれた(1-2)。国内外4冠を狙う強敵は、前半終了間際の同点ゴールを境に、逆転勝利への流れを引き寄せていた。
大阪での代表戦2試合から中3日、残念ながら90分間のハードワークが実らなかった長野風花も同感のようだった。
「前半は結構、自分たちの良い形も出せたし、我慢しながら試合を運べていた。1-0のまま折り返していたら違った結果になったのかなと思います」
日本女子代表MFは、「本当に目指している形が少し出せた前半だった」と続けた。
「(相手が)前からプレッシャーに来ても、すごく中盤が空いていたので良い形で逆サイドに展開できれば、そこでFWの選手がフリーになるっていうのは、みんなの共通意識にあった」
リバプールは、立ち上がりから中盤を経由して左に右にと、素早くプレーを振りながら攻めようとしていた。その果敢な姿勢は、翌月にウェンブリー・スタジアムで行われる決勝進出への意気込みで、相手を上回っているかのようでもあった。
開始15分頃からはチェルシーがペースを掴むが、リバプールに乱れは見られない。2ボランチの一角で能動的に守る長野は、意識的な大きめのクリアで、忙しくなり始めた自軍DF陣に一息つく間を与えてもいた。
前半21分にFWのオリビア・スミスが決めた先制ゴールも、一見すると流れに反して生まれたようだが、リバプールにすれば狙いどおりの見事な攻撃だった。GKを起点に、左から右インサイドへとボールがつながれ、相手最終ラインを寸断するスルーパスで決定機が創出されている。続いて2度、今季無敗のホームでうろたえるチェルシーから追加点も奪いかけた。
チェルシーで圧巻の貢献度を示した26歳MF
しかし、前半アディショナルタイム2分にリードを失うと同時に、ボール支配率とは裏腹な試合の主導権をも失い始めることになった。
それでも、延長に持ち込む資格はあると思わせるだけのパフォーマンスは見せた。そこには、試合前にアンバー・ホワイトリー暫定監督が語っていた、「ボールを持っていてもいなくても一体となり、ハードワークを続けながら、攻守に見応えのある試合するチーム」というリバプール像が垣間見られた。
だが最終的には、土壇場でチェルシーに生まれた逆転ゴールも、試合の成り行きからすれば「妥当」だったことになる。この点について、試合後の長野は、「最後に決め切る力だったり、個人でなんとかしてやろうっていう、そういう個人のクオリティーの差はすごく感じました」と言っている。
勝敗を分ける違いを感じさせた代表格が、チェルシーの同点ゴール得点者でもある相手MFエリン・カスバートだっただろう。筆者に言わせれば、この日のプレーヤー・オブ・ザ・マッチに相応しいパフォーマンスだった。
巷には、終盤にかけて立て続けにゴールを狙い、終了間際に決勝のヘディングを決めたFWアギー・ビーバー=ジョーンズを挙げる声が多い。だが、前半はプレーに絡めないまま時間が過ぎていた。その点、カスバートは、立ち上がり15分程度の間に2度のシュートチャンスを演出した序盤から、ルーズボールを拾ったかと思えば、攻撃の起点となって自らミドルを狙った終盤まで、存在感を放ち続けていた。
26歳のスコットランド代表MFは、去る3月の本コラムで触れたように、個人的に長野とイメージが重なる選手でもある。この日は3センターの左サイドで起用されていたが、少なくとも両軍を通じて最大の貢献度を示したMFであったことは間違いない。
ハーフタイム突入直前、腰の高さに来たパスを咄嗟にダイレクトで捉えてゴールを決めた直後、両手でメインスタンドのホーム観衆を煽りながらリスタートへと走って戻る姿は、「不動」とも「不屈」とも言うべき精神面での影響力をも感じさせた。
試行錯誤のシーズンも「ここから成長していきたい」
一方の長野は、中盤中央で最も存在感が薄かったと言わざるを得ない。五分五分の競り合いで、カスバートに勝つシーンも見られはした。しかしながら、チームを前へと突き動かすような得意のパスワークが影を潜めたままだった。守勢が続いた後半には、起点になろうとしたパスを相手ボランチのキーラ・ウォルシュにインターセプトされたり、味方との呼吸が合わずにワンタッチでのパスがタッチラインを割ったりと、貴重なマイボールが失われる場面も見られた。
もちろん、同じ26歳でも、ウィメンズ・スーパーリーグ(WSL)5連覇中のチェルシーで9年目のカスバートと、WSL復帰3シーズン目の今季、途中で監督交代も試みたリバプールで3年目の長野とでは、置かれている状況が違う。当人も、今季のここまでを次のように振り返っている。
「難しいシーズンでもありました。なかなかチームとしても上手くいかない時もありましたし、本当に試行錯誤しながらっていう感じです。それでも、いろいろと得るものはあるので、まさにここから個人としても成長していきたい」
チーム自体が成長と変化の途上にあるリバプールとしては、来季につなげるべく、今季を前向きに締めくくるしかない。エバートン・ウィメンとのマージーサイドダービと、今回の雪辱戦となるチェルシーとのリーグ対決を含むWSLでの残る4試合は、続投の意を表明している指揮官の「正監督オーディション」でもある。
リーグでの順位は、すでに最高でも前体制下での昨季より1つ下の5位しかあり得ないが、就任後は2勝2敗。守備面での手堅さを継承しつつ、攻撃面での積極性も窺えるようになってきた。チェルシーに「惜敗」したと言えるFAカップは、強豪アーセナルを下しての4強入りでもあった。試合後、「チームは然るべき方向に足を進めている」とした、暫定監督の発言にも頷ける。
そのリバプールにあって、攻守両面で不可欠な要人となれるだけの能力を持つ長野は、「1試合も無駄にしたくない」と、残る4試合への決意を語る。
「もう残り少ないですけど、また良い形を作って、それを勝利につなげられればさらに良いですし、みんなでチャレンジしていけたらいいなと思います」
ホワイトリー体制継続となれば、長野がいるリバプールの来季はさらに面白い。そう期待させもする女子FAカップ準決勝だった。
山中 忍
やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。