大怪我で情緒不安定「何回も喧嘩した」 “66倍”移籍金で新天地行きも…苦闘を乗り越えられた訳【インタビュー】

ヘント在籍時の横田大祐【写真:Getty Images】
ヘント在籍時の横田大祐【写真:Getty Images】

欧州で着実に成長を遂げるMF横田大祐、移籍直後に名手とマッチアップ

 現在ドイツ2部カイザースラウテルンで活躍している24歳のMF横田大祐。ポーランド1部クラブ在籍中にオファーが届き、即答で移籍を決断したという。「ここで活躍したら日本代表に選ばれると思った」と新天地で新たな一歩を踏み出したなか、「本当に情緒不安定でした。何回も喧嘩した」と当時の苦境を回想した。(取材・文=中野吉之伴/全4回の3回目)

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 ポーランド1部グールニク・ザブジェで2年間プレーし、リーグ31試合で9得点をマークした横田大祐。その活躍もあり、2024年1月にはベルギー1部KAAヘントからオファーが届いた。「即答でしたね」と当時の心境を振り返る。

「まずヨーロッパコンペティションに毎年出ているということ。いろんな環境もいい。あと、ここで活躍したら日本代表に選ばれると思ったというのが理由ですね」

 移籍金は200万ユーロ(約3億2000万円)。ラトビアのヴァルミエラにグールニク・ザブジェが支払った移籍金が3万ユーロ(約480万円)だったことを考えると約66倍だ。ヘントが計算できる戦力として横田獲得に乗り出したことがよく分かる。
 
 2018-19シーズンに所属していたFSVフランクフルトU-19監督ハカン・ジュナルがキッカー誌のインタビューに「当時のフィジカルはU-16レベルだったが、スキルにおいては凄かった。あれほどの選手を見たのは初めてだったんだ。本当に群を抜いていた」と語っていたが、横田は欧州でも戦えるフィジカルと戦い方を身に付け、それだけ評価される選手へと成長を遂げている。
 
「トップクラブに来たなっていう感じはしましたね。選手のクオリティーも、監督が求めることも、対戦相手のレベルもやっぱり違う。自分はすぐに怪我をしてしまったんですけど、ポーランドから移籍して1か月後にヤン・フェルトンゲン(元ベルギー代表DF)とマッチアップ。いやなんか、凄いなって。印象深いですね」

 ヘント移籍後も第21節メヘレン戦ですぐにスタメン起用されると、そこから4試合連続でスタメン出場。第23節シント=トロイデン戦ではアシストもマークした。定位置を確保し、ここからさらに上昇を続けようとする横田だったが、ブレーキがかかる事態が起こってしまう。

上昇気流に乗るなかでブレーキ「何回も喧嘩した」 支えてくれた2人の日本人

 2023年2月中旬、練習中に膝に深刻な負傷を負ってしまう。「初めての大怪我。本当に情緒不安定でしたね。トレーナーらと何回も喧嘩した。難しかったです」と当時の心境を吐露した。
 
「メンタルがすべてだなって思いました。ポーランドで自信満々でプレーしていて、そのままベルギーで続けて、自分の中でいいプレーができていると思っていた時に怪我してしまった。復帰してからもちょっと難しかった。できていたことができなくなりました」

 思うように身体が動かない。イメージしているのにそれができない。やっと復帰したのに再び怪我をしてしまう。今できなくても1年後にできると思えていたし、それができていたからここまで来られた。だがそれができなくなったら……。焦りが膨れ上がり、それがプレーにも影響を及ぼしてしまう。
 
「だから、そこを立て直すことだけにフォーカスしていました」

 横田はそう話した。どうやって立て直したのだろうか。

「シーズンが終わったあとに、もうサッカーを1回全部忘れてみようって。考えすぎていたなって思います、当時は。時間を少し取って吹っ切れて、もう1回自分が思ったことをやってみようってプレシーズンに臨んだら……うん、良かったです」

 そういって優しく笑った。負傷で苦しい時期にすぐ近くで助けてくれたチームメイトやクラブ関係者への感謝も忘れない。シュミット・ダニエル(現名古屋グランパス)、渡辺剛という日本人選手の存在も大きな支えになった。

「特別なことはないですけど、普通に冗談を言ったり、普通にご飯を一緒に食べたり。日本人は当時自分も含め3人いたので、すごい助けてもらいましたね」

 心機一転で望んだ2024-25シーズン、リーグ戦開幕から3試合連続スタメン出場で1ゴールをマーク。ただ監督交代が少なからず影響を及ぼすことになる。新監督ワウター・ヴランケンはウィングを置かない3-4-3システムへの移行を示唆。悩む横田の下にブンデスリーガ2部カイザースラウテルンからオファーが届いた。
 
「あと5日で移籍市場が閉まるタイミング。最初はヘントに正直残りたかったんですけど、ここで活躍できたらとかいろいろ考えた時に、話に乗るべきかもなって思うようになりました。オファーが来て、その次の日にはもう行きたいってなっていた気がします」

「いきなり行って、今みたいにできるかって言われたら絶対できない」と語る訳

 カイザースラウテルンは、かつてブンデスリーガで優勝歴もある伝統的なクラブだが近年は低迷。2018~22シーズンまでの4季は3部で戦っていた。昨季(2023-24)は2部で13位フィニッシュ。今季は好調をキープし、第27節終了時点で2部3位につけている。加入時にチームのポテンシャルがどれほどあると感じていたのか尋ねてみると、「いやいや、実は何も分からなくて……」と正直な気持ちを明かしてくれた。
 
「自分がいた世界しか知らなかった。俺が入った時は第3節が終わった頃で、3位あたりの順位にいて、『お!いいんじゃない!』みたいな感じで思っていたぐらいです」

 どこでやろうと自分の良さを発揮することに集中して取り組む「らしさ」の裏返しと言えばそうなのかもしれない。カイザースラウテルン移籍後、すぐにレギュラーポジションを確保。試合を重ねるごとにチームに馴染んでいるのを感じているという。
 
「フィットしてきたなと思ったのは、自分たちが勝ち始めるきっかけにもなった、(第9節)パーダーボルンとの試合。自分が加入してからチームが初めて勝った試合だし、その時に首位だった相手に3-0で勝ったことで自分の中でも自信が付いたし、チームも自信が付いた。チームメイトとのコミュニケーションも良くなってきて、そのぐらいからすべてがちょっとずつ上向き始めたかなと」

 新天地で自分らしさを失わずに順応するには先天的なものもあるだろうが、後天的に経験の積み重ねにより対応できることも多いはずだ。海外移籍のあり方にはさまざまなルートやバリエーションがあるなか、現地で馴染むための時間はレベルに関係なく持つほうがいいのだろう。横田も「大事だと思います」と強く頷きながら答えてくれた。

「俺は今ブンデス2部でやっていますけど、いきなり行って、今みたいな感じでできるかって言われたら絶対できないと思う。大変だったけど最初ドイツに渡ってからの時間がなかったら、多分ラトビアでも手こずっていたと思うし、海外生活や海外とのギャップに適応するまでに、もっと時間がかかったんだろうなって思います。自分が準備できた時に挑戦するっていうのが大事だと思います」

 この横田のメッセージが意味するものはとても大きいのではないだろうか。海外移籍を目指す選手が増えてきたからこそ、大事に考えてもらいたいテーマだ。

(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)



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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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