ヤンチャ→兄貴へ…36歳のベテランが重用される理由「僕は恵まれている」 輝きを増す“武器”【コラム】

清水の攻撃をけん引する乾貴士【写真:徳原隆元】
清水の攻撃をけん引する乾貴士【写真:徳原隆元】

清水は3年ぶりのJ1で8位と好スタートを切った

 2025年J1は間もなく開幕から2か月が経過するが、今季は想定外の大混戦となっている。第8節終了時点で鬼木達新監督率いる鹿島アントラーズ、昨季も最終節までタイトル争いに絡んだ町田ゼルビアがトップ争いをする構図はまだ予想の範囲内と言えるが、横浜F・マリノス、名古屋グランパス、ヴィッセル神戸といったビッグクラブが下位争いを強いられているのはサプライズと言うしかない。

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 こうしたなか、3年ぶりのJ1参戦を果たした清水エスパルスは目下、8位とまずまずの好位置につけている。今季は東京ヴェルディとの開幕戦を白星発進し、そこから4戦負けなしと上々のスタートを切った。3月に入ってガンバ大阪、京都サンガに連敗し、停滞感に包まれたものの、同じく開幕ダッシュを見せた湘南ベルマーレに勝利し、秋葉忠宏監督らチーム全体に安堵感が広がった。

 直後の4月2日の浦和レッズ戦は試合全体を通して清水が主導権を握る時間が長かったが、開始早々の住吉ジェラニレショーンのミスパスからの1失点目と、攻めていた後半に奪われた2失点目のダメージが大きく、1−2で苦杯。ここから再起を図っていくところだ。

 そんな清水の攻撃陣を力強くけん引しているのが、36歳のアタッカー・乾貴士である。
 
 ご存じの通り、2022年春にセレッソ大阪を退団し、清水に新天地を見出してから丸4年。彼は「拾ってもらった清水のために尽くしたい」という思いを前面に押し出し、献身的にプレーしてきた。

 セレッソ大阪時代、あるいは欧州でプレーしていた頃の乾はヤンチャなイメージが強かったが、清水に赴いてからは「気のいい兄貴」として振舞っている。若い選手がミスをしても「自分も外してるから」と庇う発言が目立つし、「みんなで戦うことが大事」とチームに常に目を向けている。もちろん感情のコントロールが苦手というマイナス面もあるため、時には不満が口から出そうになることもあるのだろうが、本人も努めて自分を律しながら、ここまでやってきた様子だ。

 2022年にJ1・17位に沈み、J2に降格した2023年はJ1昇格プレーオフ決勝でヴェルディに敗戦。昨季ようやくJ2で優勝して、3年ぶりにJ1に戻るといった紆余曲折も乾の忍耐力向上につながったのだろう。そういった中、久しぶりに最高峰のリーグに戻ってきた彼は、以前と変わることなく攻撃のキーマンとして存在感を示しているのである。

 湘南戦から中3日で迎えた浦和戦は過密日程を考慮され、今季初のベンチスタート。後半頭からの登場となったが、直後の6分にペナルティエリア外側から思い切りのいいシュートを放つと、そこから得意のドリブルやスルーパスで次々とゲームの流れを変えていった。

 背番号33のセンスが最も際立ったのが、右の大外にいた松崎快を目がけて出した後半ロスタイムのサイドチェンジだ。このひと蹴りで松崎は決定機を迎え、あと一歩で同点に追いつきそうなところまで行ったが、フィニッシュが決まらず、清水は1−2で惜敗。乾自身も悔しい思いをしたが、「まあまあ、久しぶりのJ1で楽しくできてますし、やれる自信もみんな持っている。それをしっかり出せるかどうか。それだけだと思います」と本人はポジティブに先を見据えていた。

清水で活躍できる要因に秋葉監督をあげた【写真:徳原隆元】
清水で活躍できる要因に秋葉監督をあげた【写真:徳原隆元】

秋葉監督は「ファーストセット」の1人に位置付けている

 この日の一挙手一投足を見る限りでは、6月2日に37歳になるテクニシャンから衰えは一切、感じられない。秋葉監督も1トップの北川航也、乾と松崎の2シャドウのトリオを「ファーストセット」と位置づけ、絶大な信頼を寄せている。「我々のファーストセットは十分破壊力のある面白い選手たちが揃っている」とも発言。浦和戦でスタートから釣ったアフメド・アフメドフ、西原源樹と中原輝のセカンドセットとは実力差があることも認めていた。

 つまり、ここから先もベテランMFを軸としたアタッカー陣に今季清水の命運が託されているということ。乾自身は近年、「俺ももうすぐ(引退)だから」「そんなに長くはないから」と苦笑しながら語っているが、パフォーマンス自体は30歳前後の頃と大きく変わらないようにも映る。ともに2018年ロシアワールドカップを戦った香川真司(C大阪)、原口元気(浦和)、柴崎岳(鹿島)らが所属クラブで出番を減らすなか、彼の輝きは特筆すべきものがあるだろう。

「それ(出場機会や立場)はもうチームによりますし、監督にもよるので。僕は秋葉さんで恵まれているところももちろんあると思いますし、逆に俺がその立場になってる可能性もあるので。それでもみんなしっかり自分の場所で頑張っている。俺は今、チャンスをもらえているうちにしっかり結果を残していきたいですね」と乾は話していたが、今となってはセレッソを離れたことがプラスに働いている部分もあるかもしれない。これはあくまで結果論だが、サッカー選手は巡り合わせも大きいのだ。

 ただ、高度なテクニック、ゴールを演出するアイディア、周りをお膳立てする気の利いたプレー、そしてフィニッシュの迫力と精度という乾のストロングがあるからこそ、秋葉監督から重用される。それは紛れもない事実と言っていい。

「いくつになっても技術は嘘はつかない」と年齢を重ねた多くの選手が話していたが、彼の場合はそれを徹底的に磨き続けたからこそ、今がある。ここまで見る者を楽しませてくれるプレーヤーは今のJリーグにはなかなかいない。そういう意味でも、乾の存在価値は大きいのだ。

「(今季J1は)ダンゴ(状態)なんで順位は今のところあんまり関係ないと思いますし、下とも詰まってますし。逆に言えば、上ともそこまで差がないので。ただ、1敗っていうのはすごく大きくなるので、本当に1点とか、ワンプレーのこだわりっていうのをもう1回みんながしっかり持ってやっていかないといけないかなと思います」

 本人もこう強調していたが、清水は今、上位に行くか、下位に落ちるかの瀬戸際にいる。ここで乾が北川とともにチーム全体を鼓舞し、上昇機運を作っていけるかどうかが肝要だ。彼にはまだまだ獅子奮迅の働きを見せてもらうしかない。

(元川悦子 / Etsuko Motokawa)



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元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

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