岡崎慎司が欧州6部で奮闘 選手に「どうしたんだ?」…監督として歩む”寄り道あり”の現在地【インタビュー】

毎日が試行錯誤…ドイツ6部FCバサラ・マインツで監督を務める岡崎慎司
現役時代はJリーグと欧州トップリーグで長年プレーし、元日本代表としても活躍した岡崎慎司。現在は自身がクラブ創設から関わっているドイツ6部FCバサラ・マインツで監督として指揮を執り、スポンサー集めや選手補強などにも奔走する充実の日々を送るなか、「監督として俺はここで成り上がるんだという熱い気持ちを持っています」と胸の内を語った。(取材・文=中野吉之伴)
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2025年2月22日、マインツ郊外のヘヒツハイムにあるサッカーグラウンドに、元日本代表FW岡崎慎司の姿があった。彼が監督を務めるFCバサラ・マインツはドイツ6部リーグの後期開幕戦を迎え、3-1で勝利を飾った。本拠地を移転して最初のホームゲームとなったこの日、会場では様々な催し物が行われていた。試合前にはグラウンドで子供たちのミニサッカー大会や日本食販売があり、バサラ・マインツをサポートする日本人を中心に350人の観客で賑わっていた。
岡崎といえば現役時代、数々の記憶と記録に残る活躍をした選手だ。ドイツ・ブンデスリーガのマインツ時代に欧州5大リーグ日本人シーズン最多となる15ゴールを決め、イングランド・プレミアリーグのレスター・シティ時代にはクラブ創設初となるリーグ優勝に貢献。ミラクル・レスターのメンバーとして今もファンから最大限のリスペクトを受けている。スペインでは2部ウエスカを1部昇格へと導き、最後の舞台ベルギー1部シント=トロイデンでは身体が動かなくなるその日まで、グラウンドを駆け回っていた。
現役引退後は指導者の道を選び、自身がクラブ創設から関わっているバサラ・マインツの監督に就任した岡崎は、飽くなきチャレンジ精神で新しい扉を開こうとしている。クラブを6部から5部、そして4部とさらに上のステージへ導くために何ができるのか。指導者としての成長だけではなく、クラブ経営を支え、好転させるためにどんなアイデアが必要なのか。毎日、試行錯誤を繰り返している。

新興クラブだからこその大変さとやりがい「監督だけやっている人よりも…」
様々なことが起こる。これまでの場所を離れて本拠地を移転したのは行政サイドからのお願いだったという。これまでのグラウンドは使用するクラブが多く、バサラ・マインツもセカンドチームと半々に分けてトレーニングを行っていた。
「だから、(移転は)ありがたい話だなとは思っています。向こうがグラウンドを用意してくれるわけですから」
この日、グラウンドにはマインツ市の代表やフランクフルト日本総領事・伊藤毅氏もセレモニーに参加。バサラ・マインツは日本とドイツをつなぐ大事な存在であり、スポーツを通じた交流も図る大切な存在として受け止めているという挨拶もあった。クラブは着実にドイツの地に根を張る存在へとなっている。ただ市の事情で移転となったことを地元の人たちが素直に受け入れているわけではないという。
「挨拶回りに行ってきたんですけど、地元の人にまだ信用されていないし、よく思ってないワイナリーの方々もいるんですね。『シャッターをここまで下ろして、光が入らないようにしなきゃいけないんだ。見てくれ。21時ぐらいまで光ってるんだぞ』って。その気持ちも分かるけど、でも僕らにしても市の都合で移転してきたというのもあるし、みんなサッカーがやりたくてここにいるというのを分かってほしいというのをお願いしています。最大限、僕らもやれることやるのでというのをお伝えして回っています」
やれることはなんでも自分でする。スポンサー集めに奔走し、選手リクルートにも積極的に動いている。今冬にはガンバ大阪ユースから松本健作が加入するなど、クラブの戦力アップに余念がない。ドイツには100年以上の歴史を持つクラブが点在する。そんななかクラブ創立10年のバサラ・マインツは新興中の新興クラブだ。だからこその大変さとやりがいがあり、大きな可能性も秘めている。そこに魅力を感じ、協力を買って出る人も少しずつ増えている。
「上に行くためには明確にこれが必要っていうのが見えていると思っています。それを今、どんどん付け加えている感じですね。例えば僕が、マインツのU16とかU21でコーチやりながらってなったら、指導者業の話しか多分できないと思うんですね。でも今、僕は内情をちゃんと分かったうえでクラブのことをダイレクトに話せる。いろんなことを経験していることによって、監督だけやっている人よりも見えているもの、考えているものは大きいんじゃないかなって。なんでもそうですけど、経験して無駄になるっていうのはないなと思いますね」

チームのゴール時、「本当に一緒に戦っていなかったら熱くなれない」
これまでサッカー界の第一線で選手として活躍してきた岡崎だが、新しい発見の毎日。クラブがここから大きく成長していくためには、助けてもらうことがたくさんある。助けてもらうからには何かを返したい。だからどんな関係性を築いたら互いのプラスになるかをいつも考えている。
「例えばある試合ですごく動きが悪い選手がいたので、『どうしたんだ?』って聞いたら、『お金がなくてあまりご飯を食べれてなくて……』って。大事じゃないですか。選手がギリギリの生活をしているのは良くない。マインツには日本人補習校があって、試合の応援にも来てくれている。そこと上手く連携を取って何かできないかな、とか。選手への食事をサポートしてもらって、その代わりに子供たちに選手がサッカー交流を行うとか。助けてもらうためには、その代わりに何ができるのかっていうのを考えないと」
監督としてチームのことだけを考えていればいいという声もあるだろう。だが、今取り組んでいることへの覚悟が岡崎にはある。だからクラブに関わることすべてに全力で取り組む。
「監督として俺はここで成り上がるんだという熱い気持ちを持っています。今も監督として指導する機会がなかったら、こんなに頑張れてないのかもしれないです。やっぱり練習があって、指導現場があってというのがベース。そのなかで、『選手に説得力があることを言うためには、誰よりも一番パッション持ってやれるか』みたいなところが強いんです。そういうのが出ているなと思いますね。チームのゴールが決まった時とか、本当に一緒に戦っていなかったら、そこまで熱くなれない。クラブに思いをかければかけるほど、指導にも気持ちがやっぱり出てくるかなと思うんです」
苦労が人を成長させ、成熟させる。だから岡崎はいつも苦労を厭わず戦う道を選ぶ。今だけではなく、次を常に考えて行動に移す。現役時代もそうだった。近道を選ぶのではなく、様々な寄り道が自分の芯を強固なものにしてくれると知っている。そして今それを後進に伝えるべく奮闘しているのだ。
岡崎は変わらない。いつだって謙虚でフレンドリー。試合後、会場に訪れてくれたサポーターの1人1人に岡崎は握手をして、にこやかに話をしていた。「この前も応援に来てくれてたよね。ありがとう!」と子供たちのこともちゃんと覚えてコミュニケーションを取る。自然に周りを笑顔にする。その輪が今、マインツでどんどん大きくなろうとしている。
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)

中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。