審判を数時間前から“入り待ち”「時代が変わった」 衝撃判定から6年…「理解度の変化」を実感【インタビュー】

審判員へ向けられる世間の目が次第に変化、西村氏の感じた審判界の移り変わり
Jリーグ通算682試合を担当した西村雄一審判員は、2024年シーズンをもってトップリーグの担当から勇退した。現在は2級審判員として活動を続けつつ、JFA(日本サッカー協会)審判マネージャーを務める西村氏は、今年で審判生活36年目。長年見てきた日本サッカーの審判界の変化を現場レベルで感じたことも踏まえて教えてくれた。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・金子拳也/全4回の2回目)
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Jリーグ審判員として約25年間の責務を全うした西村氏。国際審判員としてワールドカップ(W杯)2大会に参加もした。ほぼ毎週末レフェリー活動をしていた2024年までと異なり「これまではさまざまな制限があり、どの試合を担当するということがお伝えできなくて……。サッカー外の方々とつながるのに制約がありました。今はやっと普通に戻りました。新鮮な気持ちですごく楽しいです」と、生活形態が変わったからこそできている部分を笑顔で語る。
そんな西村氏が実感した、日本サッカー界の変化とは何か。2019年に起きた“1つの判定”が与えた世間への影響力、そしてVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の導入から、徐々にJリーグ審判員に対する世間の目が変わってきたという。
「近年、スタジアムで審判員の入り待ちをしてくださるファンの方々が見られるようになりました。我々の入り待ちとなると、キックオフよりもかなり早く、入りの時間もまちまちです。それにもかかわらず待っていてくださり『頑張ってください!』と声をかけていただくことがあって、『時代が変わったなぁ』と実感した瞬間でした。僕の感覚では、5、6年前あたりから、審判員に対する理解度が変化してきたような気がしています」
西村氏がそのきっかけの1つに挙げたのが、2019年J1リーグ第12節浦和レッズ対湘南ベルマーレの一戦で起こった“ノーゴール判定”だった。湘南DF杉岡大暉(現柏レイソル)が放ったシュートがゴールラインを割ったが、その後ボールがネットから跳ね返りピッチ上へ。当時の審判団はゴールを認めることができず、そのままプレーが続けられた。
「おそらくあの出来事がターニングポイントにあったと思います。ゴールの判定が正しくできなくて、社会的に皆さんの信用を失いました。一方でこの判定はとても難しく、我々レフェリー側からすると、なぜ起きたのかという原因がよく理解できます。ただ、社会的には映像事実もあり、たくさんのお叱りをいただくことになりました。この1件から、我々がどう取り組んでいて、それをどう解決していくのか、という判断の過程に興味や理解をしていただくきっかけになったような感じがします」

審判の判定ミスも1つの糧に…理解度が高まっている現在のJリーグ
当時、浦和対湘南の試合を担当した山本主審は現在も活躍中。2022年には山本主審が約3年ぶりに湘南の試合を担当する。その際、湘南サポーターからは「山本さん、また会えてよかった!これからも共にJリーグを盛り上げましょう!」といった横断幕も掲げられた。そうした関係性も、Jリーグならではなのかもしれない。
先述の判定だけではない。日々サッカー界では時代ごとにレフェリーの判定ミスがきっかけとなり、サッカーへの理解度が深まってきたのは事実。そして2021年、ついにJリーグへ本格的にVARの導入が決まる。今は社会を揺るがすような大きな判定ミスはなくなりつつあるが、「審判員たちの取り組みに、継続して興味を持っていただいていると感じます」と、西村氏も嬉しさを滲ませる。
「やはり判定は正しいのが一番。それは審判側も同じ気持ちです。ただ人が判定を行う以上、物理的に判断が不可能な場面や、人間の判断能力の限界を超えてしまうシーンも存在します。VARというツールをうまく活用しながら、サッカーをする人も観る人も、運営する我々もサッカーを楽しむ、判定を含めて皆さんで楽しんでいただく。サッカーは判定の過程が話題になる唯一のスポーツだと思うんです。選手がアドリブで創り出してくる最高のプレーの連続をどうマネジメントするのかが、審判員の醍醐味の一つですね」
またファン・サポーターの皆さまの判定への理解は、「メディアの方々の協力も欠かせない」と、西村氏は主張する。「近年のメディアの皆さまは、ただ話題を世間に投じるのではなく、それぞれしっかりとした視点から、『これどうですか?』と問いかけてくれています。これは、メディアの皆さまの審判員と判定への理解が深まったからだと感じています」と感謝を伝えた。
「ファン・サポーター、メディアの方々、そして審判員も含めそれぞれが協力することで、サッカーからプラスの価値を見つけ出せるようになりつつあります。まだまだ、進化していける部分があると思います」
25年間、審判員としてJリーグに携わってきた西村氏は「僕は結構アナログなレフェリー」と自分を呼称する。VAR導入で苦労は絶えなかったはずだが、自身にとっては「デジタルと共存するという過渡期にVARを経験できたのは大きかった」とその一面を見せなかった。“誠心誠意”という言葉を掲げレフェリーを務めてきた西村氏は、その勇敢な志も含め新たな立場で日本サッカー界を今後も盛り上げてくれるだろう。
[プロフィール]
西村雄一(にしむら・ゆういち)/1972年4月17日生まれ、東京都出身。1999年に1級審判員登録。2004年に国際審判員、史上5人目となるプロフェッショナルレフェリー(PR)に抜擢された。Jリーグ通算682試合を担当。2010年南アフリカW杯、14年ブラジルW杯の審判員としても活躍。24年にトップリーグ担当を勇退。現在はJFA審判マネージャーとして後進育成に従事している。