「現状維持は衰退と一緒」 J2でITスキル駆使…再建目指すクラブの人件費は鹿島の「1/3」【インタビュー】

大分が目指すクラブ再建の形とは?【写真:(C) OITA F.C.】
大分が目指すクラブ再建の形とは?【写真:(C) OITA F.C.】

大分の吉岡氏が明かすSD最大のミッション「J1残留なのか、J1昇格なのか」

 Jリーグ屈指の強化責任者と言われた鹿島アントラーズの鈴木満・強化アドバイザーの下で14年間働いてきた大分トリニータの吉岡宗重スポーツダイレクター(SD)は、その経験を活かしつつも、組織力を高めることで、大分を再びJ1で戦えるクラブにしたいと強調。日々、奮闘している。(取材・文=元川悦子/全5回の5回目)

【PR】DAZNを半額で視聴可能な学生向け「ABEMA de DAZN 学割プラン」が新登場!

   ◇   ◇   ◇

「僕が考える理想のSDというのは、ミッションを確実に遂行できる人物。タイトル獲得なのか、J1残留なのか、J1昇格なのか、目標設定はクラブによって違いますけど、組織としてより発展できるようにしていくのが、今の自分に課せられたタスクだと思います。

 強化というのは細々とした作業の積み重ねですけど、責任者である僕の1つ1つの判断が成否を大きく左右する。それだけ重要な仕事だと認識しています。周りの環境が大きく変化する中で自分たちが現状維持のままだったら、それは衰退と一緒。アップデートは常にしていく必要がありますね」

 こう強調する吉岡SD。確かにIT技術の進化に伴って、試合やチーム・選手に関するデータが細分化。それをしっかりと分析し、現場にフィードバックして、勝利に結びつけていかないといけない。彼自身も大分に戻る前に昨季の試合を見て、データ分析を実施。それを基に片野坂知宏監督や選手たちとの面談を行ったという。

「僕は昨年まで大分にいなかったので、練習や試合を毎日見ていたわけではありません。そういうSDにやれるのは、ファクトを積み重ねることだけ。そこでスタッツを分析したところ、ボールを奪った後にアタッキングサードやペナルティエリアに入る割合はJ2でワーストでした。ボールを奪う位置の高さはJ2で6番目、奪う早さの目安となる5秒以内のリゲインは5番目。それを踏まえ、カタさんと話しながら、前への意識を引き上げることをテーマに据えました」と語り、ぶれずにその方向性を突き詰めていくという。

 同時にチーム編成や戦力バランスが的確かを常にチェック。必要に応じて補強候補のピックアップなども行わなければならないのだ。

大分の吉岡宗重スポーツダイレクター【写真:(C) OITA F.C.】
大分の吉岡宗重スポーツダイレクター【写真:(C) OITA F.C.】

ITツールで選手の移籍をサポートする時代

「今の時代は移籍をサポートするITツールがかなりあって、特に有名なのは『トランスファールーム』というものです。これは主にクラブ側が選手を売りに行くシステムで、検索をかけると年齢や経歴、個別のスタッツ、移籍金などが瞬時に出てくるという画期的なツールです。

 我々が新たな選手を探す場合、海外とのコネクションもダイレクトにできるので、まずそこで候補をピックアップして、代理人に接触するといった形も取れます。利用料金も決して安くはないので、Jリーグの全クラブが活用しているかどうかは分かりませんけど、鹿島アントラーズ時代は使ったことがありますね」

 吉岡SDは語っていて、そういったマッチングシステムの導入が世界的にも進んでいるのは間違いない。

 ドイツ1部ブンデスリーガのキールでプレーする町野修斗が2023年夏に湘南ベルマーレから移籍する際にも、クラブ側がこのようなシステムを活用。最初の候補者として浮上したのが町野だったという。

「今の自分のプレーを出してくれればいいと言われて、安心してドイツに行けた」と本人も話しているが、その後の活躍を見れば、こういったシステムが役立っているのも事実だろう。

「ただ、ITのプロである鹿島の小泉文明社長から『ツールを使うのはいいけど、世界中にどれくらいこういうサービスがあるのかをまずは調べて、信頼性が高いものかを確認してからにしてほしい』と言われましたが、本当にそのとおりだと思いました。そこで、強化の横のつながりで、システムに詳しい浦和レッズの西野努さん(当時テクニカルダイレクター、現横浜F・マリノスSD)に問い合わせたりもしましたね。

 昨年7月に鹿島とブライトンがテストマッチを行った後もブライトンの強化担当と会って話す機会がありましたけど、そういったIT技術を使いながら選手のフィルターをかけていると聞きました。Jリーグが最近導入し各クラブに提供している『スキルコーナー』というフィジカルデータが出てくるシステムもそうですけど、何をどう使っていくかというのは、これからのクラブ強化スタッフの重要命題。アナリストの養成も含めて、今後の大きなポイントになりますね」

2023年度の大分のトップチーム人件費は8億円、鹿島は25億円超

 特に資金・運営規模の小さいJ2、J3のクラブにとってはどこにお金をかけていくかを見極めていくことは非常に重要である。2023年のJリーグクラブ経営開示の資料をひも解くと、2023年度の大分のトップチーム人件費は8億円。鹿島は25億円超で、約3分の1しかない。J2・4年目となる今季はもっと使えるお金が減っているだけに、“出しどころ”を定めていかないといくしかないのだ。

「資金力では大分は決して潤沢とは言えない状況にあります。その中で強いチームを作るのが強化責任者の仕事。今季を見ていても分かるように、J2というのは“絶対”がないリーグ。昨季までJ1にいた(北海道)コンサドーレ札幌やサガン鳥栖が苦しみ、J3から上がってきたRB大宮アルディージャやカターレ富山が好発進を見せているように、本当に不確定要素が多いんです。

 となれば、我々にも大いにチャンスがあるはず。満さんも『選手の発揮率を高めることが俺たちの仕事だ』とよく言っていましたけど、100の能力のある選手が60しか力を出せないというのは本来の姿ではない。モチベーションのコントロールを含め、さまざまなアプローチをして、120にしていくことができれば、大分は強い集団になれる。『発揮率』というポイントに現場も僕ら強化部もフォーカスしつつ、取り組んでいくことが大切だと思います」

 46歳にして約20年間の強化経験を持つ吉岡SDにできることは数多くある。同世代の強化責任者も増える中、鹿島というビッグクラブで得た貴重な経験値をいかにして最大限生かしていくのか。本当の勝負はここからだ。

(元川悦子 / Etsuko Motokawa)



page 1/1

元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

今、あなたにオススメ

トレンド

ランキング