無名の大学生にプロ熱視線…東海2部に魅了「来て良かった」 “株上昇”させた異例の進路

馴染みのない東海地区の大学に進学し急成長 中部大MF樋口有斗の歩み
2月下旬に静岡県で行われたデンソーカップチャレンジ静岡大会(通称:デンチャレ)において、1人の選手のプレーに目を奪われた。東海選抜の2年生MF樋口有斗はボランチとして豊富な運動量と正確な技術を駆使しながら、相手の逆を突くファーストタッチからのコントロールやパスとドリブルの判断の質、ワンタッチプレーの正確性を随所に発揮し、チームの攻撃の中心を担っていた。
「プレーの中で大事にしているのは、『相手の矢印を出させる』ということなんです。イメージとしては外側にわざとボールを置いて、相手の意識の矢印を外に向けさせてから縦を打ち抜く。こうした駆け引きは本当に自分の武器になっていると思います」
この言葉を聞いても深い思考を持ってプレーする選手だということが分かる。インテリジェンス、テクニック、ビジョンを含めてかなりの逸材ではあるが、これまでは全国的に全くと言って良いほどの無名な存在だった。
樋口は埼玉県出身で高校時代は地元の埼玉栄高サッカー部で過ごした。高校3年時の選手権埼玉県予選でベスト4に進出した時のキャプテンで、そこで彼のプレーを見たことがある。左サイドハーフとしてスピードに乗ったドリブルでガンガン仕掛けていくようなタイプで、今のプレースタイルとは違った印象を受けていた。
「持ったら仕掛けることばかり考えていました」
そう振り返る樋口が大きく変わったのは愛知県にある中部大学に進学してからだった。中部大は2021年に堀尾郷介監督が就任し、これまで監督だった北辻耕司氏が総監督に就任してから、相手の逆を取りながら全体でボールを動かして崩していくサッカーでメキメキと力をつけてきた。だが、樋口が入部を決めた時は東海学生サッカーリーグ2部だった。
「北辻総監督とのつながりがあって、練習参加をさせてもらったのですが、そこで推薦をいただけたので決めました」
関東の高校生が全く馴染みのない東海地区の大学に進学し、しかも2部リーグでプレーすることに抵抗はなかったのか。それを問うと、彼ははっきりとその時に抱いたビジョンを教えてくれた。
「もともとは関東学生リーグ2部、3部の大学のセレクションを受けようと思っていましたし、(関東の大学からは)全く声がかかっていなかったので、セレクションを受けられる場所を探していました。でも、練習に呼んでもらって、とりあえず参加してみようと思って行ったら、足もとの技術にものすごくこだわるチームで、周りの選手も技術レベルが高いと感じたんです。ちょうど僕は自分の身体のサイズも考えて、スピードを生かした突破だけでなく、足もとの技術を身につけたいと思っていたのもあって、『ここだ』と思って即決しました」
胸のすくような言葉はさらに続いた。
「それに最初からレベルの高い場所でやることも大事だと思うのですが、技術のところをこだわってくれる、こだわらないといけない環境のほうが僕にとっては大事でした。大学は高校よりも自由な時間も増えるし、ある意味、自主性を持ってやらないとすぐに流されてしまう環境だと思うんです。大学に行ったらすべては自分次第だとずっと思っていたので、やっぱりどこの大学に行っても自分がうまくなるための環境と、その環境でいかに自分を持って努力し続けられるかが重要だと思っていたので、その基準で決めました」
大学で株を上げ、無名の選手から一気に注目の存在へ
このパーソナリティーが今の彼を作り上げていた。明確な目標とそこから逆算する力、そして何より確固たる自己を持って日々を過ごしてきたからこそ、樋口はサッカー選手としてメキメキと力をつけていった。
1年時からトップ下、ボランチなどでスタメン起用されると、正確なボールコントロールと相手を洞察する目を磨いていき、相手の逆を取っていくプレーが習慣化されて行った。その年の東海2部で中部大は圧倒的な力を見せつけて、優勝と1部昇格を果たすと、昨年は1部リーグにおいて7ゴール5アシストの活躍で1部残留の立役者となった。そして、デンチャレの東海選抜に選ばれ、臆することなく堂々とプレーし、前述したとおりこのチームでも攻撃の中枢を担って見せた。
「こんなにレベルが高い大会をこれまで僕は経験したことがなかった。その中で自分の足もとで相手を剥がして、数的優位を作る力を出せたのは自信にもつながりました。高校の時は目の前の『1』に対してのドリブルだったのですが、それだと1本の矢印を折ることばかりに躍起になって、カバーやプレスバックなどのほかの矢印には対応できない。それを中部大で気付いて、視野を広げてもう1人見たり、1人目の矢印を自分でコントロールして折ったりする意識を持ってプレーするようになったからこそ、次の矢印にも対応できる余裕が生まれている。本当にここに来て良かったと思っています」
もちろん、課題も多く見つかった。フィニッシュのクオリティーやアタッキングサードでのパワーはもっと身につけていくべきところだということは彼自身も理解している。
「自分が想像していた大学サッカーよりすごく上のレベルでやらせてもらっているなとは日々感じています。やはり実際に自分の目で見て、感じないと分からないことはたくさんあるなと改めて感じました」
デンチャレの前にすでにJ1クラブのキャンプに参加。この大会の活躍もあって、さらに他クラブからも練習参加のオファーは届くだろう。無名の存在から一気に注目の存在へとなりつつあるが、彼のこれまで歩んできた道と今の言葉を聞けば、メンタリティーは一切ブレないことが分かるだろう。これからも彼の信念は変わらず、新たなビジョンを生み出しながら、新たな道を進んでいくだけだ。
(FOOTBALL ZONE編集部)