森保J、不安よぎるメンバー選考 手薄な8/27…国内組の28歳を「試してもいい」【コラム】

3月のW杯アジア最終予選に臨む日本代表メンバーを考察
3月15日、森保一監督は2026年アメリカ・カナダ・メキシコワールドカップ(W杯)アジア最終(3次)予選のバーレーン戦(20日)、サウジアラビア戦(25日)に向けた日本代表25人を発表した。
【PR】DAZNを半額で視聴可能な学生向け「ABEMA de DAZN 学割プラン」が新登場!
会見で森保監督は怪我の状態を確認している選手が2人おり、週末の試合を見て追加招集するか決めると説明した。2024年の招集状況から考えると、2人は町田浩樹(ユニオン・サン=ジロワーズ)、小川航基(NECナイメヘン)だと推測できた。だが、町田は結局リーグ戦の登録メンバーに入らないという状態で、代わりに中山雄太(FC町田ゼルビア)になった。さらに17日には、FW町野修斗(ホルシュタイン・キール)を2年ぶりに追加招集することを発表した。
もしも怪我がなくて追加招集候補がこの2人だったとしても、今回のメンバー選考でも新顔は呼ばれなかった。最近の森保監督は新戦力を試そうとしていない。
そもそも2024年はアジアカップもあり、日本代表にとっては多くの試合ができる年だった。23年は10試合なのに対し、昨年は16試合戦うことが出来たのだ。しかし24年に代表初招集となったのは9月の望月ヘンリー海輝(町田)、高井幸大(川崎フロンターレ)、10月の大橋祐紀(ブラックバーン)の3人のみ。あとは招集経験のあるメンバーばかりだった。
これがW杯開催年なら理解できる。しかし、まだ1年以上時間があるのに、固定しすぎるのは早すぎる。これまで多くの選手を招集してきた森保監督なので、来年出場できるであろう戦力の見極めは終わっているのかもしれないが、1年あれば急激な成長も見込めるのだ。
例えば、2022年カタールW杯の出場を決めたアウェー・オーストラリア戦では、それまで1試合しか起用されていなかった三笘薫が途中出場し、2ゴールを挙げて勝利に導いた。本大会では負傷もありフルタイムではプレーできなかったが、1試合で重要な選手だというのを証明できたのだ。
そう考えると、今はまだ、もっと大きな網を広げて置いてもいいはずだ。特に心配になるのはDF陣である。
国際Aマッチ出場142試合という長友佑都を除けば、中山を除くほかの6選手の平均出場試合数は12.2試合。これはMF/FW登録の選手の34.7試合を大きく下回る。冨安健洋(アーセナル)、谷口彰悟(シント=トロイデン)がいないにしても、まだ経験は浅い。しかも招集したのは、追加招集の中山を除くと7人と、人数も多くない。
考え方としてはいくつかあっただろう。「新しい選手を大量に入れて試す」「新しい選手を数人入れて試す」「最近招集しているが出番がなかった選手を試す」「過去招集したことがあるが最近はメンバーに入れていなかった選手をもう一度呼ぶ」などだ。
それぞれメリットもデメリットもある。森保監督はもっとも堅実な「最近招集しているが出番がなかった選手を試す」という方法をとったのだろう。しかし選手層を厚くするということは出来ない。

最近招集していない選手でも、試してもいい選手はたくさんいる。たとえば2022年E-1選手権で招集されていたメンバーだ。これまで日本代表では1試合しか出場していないが、荒木隼人(サンフレッチェ広島)は町田との開幕戦で194センチの韓国代表FWオ・セフンを完全に封じ込めた。荒木は185センチで9センチの身長差を巧みなポジショニングと対人プレーの強さで克服してみせたのだ。
過去、日本に対して多くのチームがクロスボールからの空中戦を挑んできた。今の日本代表には188センチの板倉滉(ボルシアMG)も伊藤洋輝(バイエルン・ミュンヘン)もいるし、192センチの高井にも期待したいが、今はまだ候補選手のラージグループを広げる意味でも28歳の荒木をチームに馴染ませておいてはどうだろうか。
守備で大切なのは組織であり、同じ経験を積んだことで得られる相互理解でもある。数少ない日本代表の活動において招集メンバーを絞り込めば絞り込むほどコンビネーションが良くなるのは間違いない。
しかし同時に、負傷者が出ることで一気に組織が崩れることになる。2022年カタールW杯の時、森保監督が起用しようと思っても多くの選手が怪我で長い時間プレーできなかったことを考えると、今のメンバー選考には不安が残らざるを得ない。たとえバーレーン戦、サウジアラビア戦に連勝したとしても、考えておかなければならないことはまだまだ残っている。
(森雅史 / Masafumi Mori)

森 雅史
もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。