欧州で重宝→Jリーグ移籍…「普通ではない」日本人FW 元浦和ブッフバルトら絶賛「特別な武器」【コラム】

ドイツでファンの心を鷲掴みにした伊藤達哉…同僚も「あれ以上の賛辞はない」
「1対1の局面で普通ではないクオリティーを持っている。いつも『ペナルティーエリア内へ切り込んでいけ』と彼には言っているよ」
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言葉の主はクリスティアン・ティッツ。現在ブンデスリーガ2部マクデブルクで指揮を執り、かつてハンブルガーSVが1部だった頃に監督をしていた人物だ。当時のハンブルガーSVは残留争いの順位に沈み、2部降格の危機に瀕し、明るい希望が何より必要だった。
ティッツが言う「彼」とは、そんな暗い雰囲気に覆われた当時のハンブルガーSVで一筋の光となり、今季川崎フロンターレに加入した27歳のFW伊藤達哉だ。
柏レイソルの下部組織に所属していた2014年、UAEで開催された国際大会でハンブルガーSVと対戦し、伊藤のパフォーマンスがあまりにも素晴らしかったことでオファーが届く。15年に3年契約でハンブルガーSVに加入すると、U-19、U-23を経て、2017-18シーズンにトップチームデビューを飾った。
さらに2017年9月のブレーメン戦で突如スタメン出場を飾り、まったくノーマークだった選手の登場にドイツメディアは驚きの反応を見せていた。伊藤は序盤から切れ味鋭いドリブルを武器に好プレーを何度も見せ、途中交代の際にはスタジアムに詰め掛けたファンから大歓声。GKクリスティアン・マテニアが「あれ以上の賛辞はないだろうね」と語ったようにファンの心を鷲掴みにし、不振にあえぐ古豪クラブの将来を担う存在として期待を寄せられた。
2018年8月には日本代表に初招集され、19年に東京五輪世代を中心に構成された日本代表としてコパ・アメリカにも参戦。出場機会はなかったものの、将来性を高く評価されていたのは間違いない。
ただ残念ながらそこからイメージどおりのステップアップができない日々が続く。ハンブルガーSVは奮闘空しくその後2部へ降格。伊藤は2019年にベルギー1部シント=トロイデンへ完全移籍するも、新天地で飛躍を果たすことはできず、22年には当時3部マクデブルクへとレンタル移籍。このまま沈み込んでしまうのか。いや、そうではなかった。
再会が大きな転機…デメリットよりメリットを優先した起用
マクデブルクでハンブルガーSV時代から熱い信頼関係で結ばれていたティッツ監督と再会し、また以前の切れ味鋭いプレーを取り戻せたのが大きい。
2部や3部リーグではロングボールの往来が多くなり、背の高い選手やがっしりとした体躯の選手が前線でも起用されやすくなるため、瞬発力や機敏さで勝負する選手は厳しい状況に置かれることが少なくない。だがティッツは違った。デメリットではなくメリットの大きさを優先して積極的な起用をしたのだ。
「タツは私にとってレギュラー選手なんだ。タツが違いを生み出すことができることを我々はよく知っている。10回でも連続でダッシュをして、1対1でドリブル勝負を仕掛けることができる」(ティッツ監督)
クラブの2部昇格へ貢献した伊藤は、シーズン後に完全移籍。2022-23、23-24シーズンはそれぞれリーグ30試合以上に出場を果たしている。24-25シーズンに出場機会を減らしていたのは実力が衰えたからではなく、世代交代を推し進めるクラブの意向があったことが大きい。ゲームに変化をつける力でいえば、伊藤は今もチームにとって必要な選手だったのは間違いない。
ハンブルガーSVでトップチームデビューしてから5年。どのようなところに変化や成長を感じているかを尋ねてみたことがある。
「フィジカルのところが一番大きいかな。当時もスピードではある程度通用していたと思いますけど、やっぱりボディーコンタクトのところは難しかった。今、2部リーグでもボディーコンタクトのところは結構激しいし、潰しにくるのも速いんですけど、そうしたところでの対処とかで見たらトータル的には成長しているなと実感してます」
かつてギド・ブッフバルトが「常に1対1の勝負に向かうプレースタイルは、ピッチ上で特別な武器になる。伊藤のような選手はいつでもチームに必要だ」と称賛し、ハンブルガーSV時代にはフランクフルトの代表取締役だったフレディ・ボビッチが獲得に向けて伊藤の代理人とコンタクトを取ったこともあるという。
伊藤が磨いた武器の生かし方「1対1で3回やって3回抜く必要はなくて…」
さまざまなクラブで経験を積み、伊藤は自分の武器を磨き、その生かし方をバージョンアップさせてきた。背中を向けてボールをもらったと思った次の瞬間、すっと前を向いて正対した1対1の状況を作るのが上手い。そして仕掛けのバリエーションに富んでいるのが特徴だろう。
「自分としては1対1で3回やって3回抜く必要はなくて、1回抜けたらOKという感じでやっている。消極的にいく必要は何もない」
相手DFの裏を常に狙い、軸がずれた瞬間を見逃さずに縦へ抜けたり中へ切れ込み、周りの選手を使いながら自分の間合いを最適に保ち続けるから、相手DFとしてはうかつに飛び込めない。ドリブルを罠に、精度の高いクロスやスルーパスで好機を演出する力にも優れている。川崎でもその魅力を思う存分に披露してくれるはずだ。
新天地のJリーグで躍動する姿を楽しみにしたい。

中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。