英国で輝いた日本の“マジシャン” 「唯とプレーが一番楽しい」…代表から持ち帰った感覚【現地発コラム】

レスター・シティ女子の籾木結花【写真:Getty Images】
レスター・シティ女子の籾木結花【写真:Getty Images】

無敗の首位に力の差を見せつけられたレスター・シティ・ウィメン

 左足ですくい上げるようにして放たれたボールが、緩やかに相手GKの頭上を越えてゴールに吸い込まれる。DFの背後からパスに走り込んだランといい、巧妙でいて自然なダイレクトでのフィニッシュといい、籾木結花らしい、レスター・シティ・ウィメンの得点シーンだった。

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 3月5日のウィメンズ・スーパーリーグ(WSL)第16節チェルシー戦、後半10分の出来事だ。結果的には、無敗のリーグ首位を相手に、敵地で一矢を報いるゴールに過ぎなかった(1-3)。

 レスターは、前半8分に壁に当たってボールが跳ねたフリーキックから不運な失点。しぶとく守りながらカウンターでチェルシーのリーグ戦全勝を止めた、ホームでの前回対決と同じ戦前のプランは開始早々に崩れてしまった。

 追加点を奪われた4分後、籾木が美しくネットを揺らした後半も、最後は層の厚さを含む戦力差を見せつけられた。同41分、終盤にチェルシーのベンチを出たスコットランド代表MFエリン・カスバートのミドルで突き放されている。

 しかし、籾木自身のパフォーマンスは、同じ4-2-3-1システムのトップ下で、先制点も挙げたアメリカ代表FWカタリナ・マカリオに引けをとってなどいなかった。昨年1月のレスター移籍当初、当時の監督が「マジシャン」と評した日本代表MFの存在感と必要性は、続くアマンディン・ミケル体制下でも変わらない。

「スカイ・スポーツ」の生中継で解説を務めたエマ・バーンが、元GKの立場ながらも「思わずにっこり」と語った絶妙のループシュートを、当人はこう説明している。

「チェルシーの分析で、サイドバックとセンターバックの間から裏に抜けていくのはチャンスになるっていう話があって、そこで本当に一瞬の隙をつけたかなと思います」

「代表でのいいフィーリングを持ってこられたかなと感じています」

 敗れたリーグ10位による善戦は、クレバーであると同時に、ハードワーカーでもあるトップ下の存在が背景にあった。

 レスターが1本目のシュートを記録した前半12分の攻撃は、自陣内深くで流れた敵のパスをものにした籾木が起点。同30分からは、正確なコントロール、低重心の身体を盾にしたキープからのつなぎ、前線でのパスカットなどで流れを引き寄せてもいた。味方の怪我による数分間の中断がなければ、同点のチャンスが訪れていたかもしれない。

 担架で退場したボランチに代わる途中出場者は、なでしこジャパンでもチームメイトの宝田沙織。攻守に万能な彼女が今季前半戦では1トップ起用されていたレスターは、FW陣の戦線離脱を含む苦しいシーズンを送ってきた。

 ただし、この日が12試合目のリーグ戦先発となった籾木には、低調の「て」の字も、疲労の「ひ」の字も見られない。3日前、シービリーブスカップで優勝を果たしたアメリカから戻った直後の前節でも、ハーフタイムを境にピッチに立ってインパクトを示していた。後半のレスターは、リーグ2位につけるマンチェスター・ユナイテッド・ウィメンに零封負け(0-2)するような内容ではなかった。

 本人が言っている。

「18日間で6試合、アメリカへの移動も含めた過密日程のなかでここまで身体が動いているのは、凄くコンディション的にいい状態。代表活動を経てのWSLでの2試合は、代表でのいいフィーリングを持ってこられたかなと感じています」

 サンディエゴでのアメリカ戦で、長谷川唯が右サイドから通したラストパスに反応し、身を投げた相手GKをあざ笑うかのように、ターンから無人の相手ゴールに決めた先制点。英国にいた、この日本人にとっても喜びはひとしおのゴールだった。

 昨年2月、レスターでの初ゴールを決めた試合後に、「(マンチェスター・)シティの唯と対戦したりとか、自分の同期がいて、やっぱりまた一緒にプレーしたい」と、2021年を最後に遠ざかっていた代表への思いを聞いていたからだ。

 丸1年が過ぎ、籾木は次のように語る。

「唯とプレーするっていうのが、サッカーをやっているなかで一番楽しいことの1つ。それが3年半ぶりにあの場で、トレーニングでもなかなか一緒にプレーできなかったですし、オーストラリア戦でちょっと出ましたけど一瞬だったので、アメリカ戦で自分が出た60分間が、久しぶりに唯とプレーできた時間だったんです。あのパスは(出し手が)唯だからあそこに動き出せましたし、唯だからボールが出てきた。本当に3年半というブランクを感じさせないプレーだったかなと思います」

 移籍当初の籾木は、スウェーデンでの2年半を経てのイングランド挑戦を、「遠回りをしたと思う方はいるかもしれないですけど、自分にとっては必要な道でした」と言ってもいた。キャリアの選択は正しかったのだと、改めて思える代表復帰ゴールでもあったに違いない。

「今回代表に選んでいただいて凄く感じたんです。このWSLでプレーすることの意味というか、どれだけフィジカルを自分の限界まで上げられるかっていうところと、そこで自分のクオリティーは落とさない、しっかりとフィジカルについていかせるっていうところを突き詰めていくことで、それが、なでしこに行って感覚が合う選手とプレーできるってなると、どんどん高いレベルで生きてくるなって」

チームの1部残留と2年後のW杯へ鍵を握る残り6試合

 試合後の取材に応じてくれる少し前、籾木はピッチに腰を下ろして、チェルシーの浜野まいかとお喋りを楽しんでいた。全12チーム中8チームに、日本人選手が合わせて13人。今季のWSLでは、ほぼ毎週のように相手チームにもなでしこの同僚がいる。

「日本人対決が特別に感じられたのはもう昔の話のようで、日本人が評価されていることは嬉しい。でも同時に、日本人だから全員同じというわけでもないので、そこはしっかりとそれぞれの選手を見てもらいたいという思いもある。選手1人1人が、自分らしさで突き抜けていけたらなっていう風に思っています」

 そう話す籾木に、笑顔を浮かべながら軽く当ってうしろを通り過ぎた浜野は、この日、チェルシーの前線ではなく中盤で、パスセンスの良さ、連携の巧さ、守備範囲の広さといった持ち味を発揮していた。籾木最大の持ち味は、前線で「違い」を生み出す能力だ。

 新体制下のレスターは、対戦相手によって後ろから組み立てる姿勢も打ち出すが、ビルドアップであれ、縦に速いカウンターであれ、籾木が絡むことで攻撃が活性化される。チームは今冬にFWを補強し、自らも昨年10月以来となる今季2ゴール目を記録したトップ下には、やはり得点面での貢献度アップが、トップリーグのステータスを懸けた残るリーグ戦6試合で望まれる。

 個人としても、レスターとの現行契約が今季で満了となり、2年後には女子W杯が控える「今後」を懸けた6試合だ。

「まだ何も決めていない状態なので、本当にこの6試合にしっかり集中したいというのが、まず1つ。レスターをしっかりと残留させることは、チームにとって信頼できる選手、特別な選手として結果を残すという意味でもそうですし、代表活動に向けても、自分の評価がそこに懸かっているなっていうのを凄く感じているので、難しい試合が続きますけど、1つでも多く勝ち点を取れるように毎試合頑張りたい」

 アーセナル、シティ、ブライトンといった上位勢とも対戦する今季終盤戦、チームと自身の双方にとって、“籾木マジック”が鍵を握る。

(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)



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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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