記者席で揶揄された“世紀の凡戦” 堅守速攻→ポゼッションへ…Jクラブ高難度の挑戦【コラム】

新潟で達人のような仕事ぶりを見せた松橋力蔵監督、FC東京で新たに挑む方向転換
J1リーグ第4節アウェーで川崎フロンターレを下した京都サンガF.C.の曺貴裁監督は語った。
「ゴールに結びつけるには何が最善なのか。産みの苦しみをたくさん味わいながら、自分がやりたいことと、選手たちが目指すことのすり合わせをしていて、答えはまだ出ていません」
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指導者にも選手たちにも理想があり、現実との折り合いをつけながら落としどころを探っていく。例えば、かつてアビスパ福岡を指揮した頃の長谷部茂利監督は「本当はもっとゲームも支配していきたいが、今はこのスタイルで戦っていくしかない」と話していたから、川崎への移籍は理想へと近づくための決断だったのかもしれない。
最近のJリーグはヴィッセル神戸の連覇に象徴されるように、縦への速さと強度を武器にするスタイルが優勢だ。逆にいくらポゼッションを得意としても、攻守の切り替えのスピードや強度は避けては通れないテーマになっている。
もともと神戸は、アンドレス・イニエスタを筆頭に高額な外国人選手を買い集めて、美しいパスサッカーを標榜し天皇杯も制した。しかし吉田孝行監督が看板選手のイニエスタも外す荒療治で方向転換を敢行。連覇や2冠という大きな収穫を手にした。
ただし同じ方向転換でも、堅守速攻が染みついたチームからの逆転は、おそらく極端に難易度が上がる。それでも同じ試みを繰り返しているのがFC東京だ。今年からチームを指揮するのは松橋力蔵監督。アルビレックス新潟でリーグ屈指のポゼッションを実現し、それは抱えた戦力を考えれば達人と呼べる仕事ぶりだった。
しかし2月22日、底冷えのする味の素スタジアムの記者席では、どこからも同じような言葉が聞こえてきた。いずれも世紀の凡戦を揶揄する表現だった。
FC東京にもボールをつなごうとする意識はあったようだが、ビルドアップの大半が自陣で相手に引っかかり、あるいはうしろに戻してGK野澤大志ブランドンに蹴らせることになり、崩すための展開まで進んでいかない。結局アウェーのFC町田ゼルビアが「失点せずに自分たちのペースに持ち込み、少ないチャンスを活かす」(黒田剛監督)パターンで、1-0の勝利を収めている。
ポゼッション型に挑戦した時間が長いFC東京の現実と結果
FC東京はその4日後には名古屋グランパスをホームに迎え、3-1で勝利を飾った。しかし、松橋監督は「ゲームの中で一瞬一瞬のチャンスを活かした結果には満足しているが、とても望んでいるような内容ではない」と総括している。ゴールシーンを振り返っても、もともとFC東京の選手たちが伝統的に備えていた速さという長所が発揮されたもので、新体制による成果とは言い難かった。
奇しくも現FC東京の基盤を築いたとも言える名古屋の長谷川健太監督は、新シーズンに向けて「しっかりとつなぐ」テーマを掲げていたという。だがスタメンでは前線に駿足の永井謙佑を欠いたこともあり、本来得意なカウンターの迫力に欠け、ボール支配への意識が攻撃を停滞させ脅威を与えられなかった。FC東京が長所を活かしたのは事実だが、それ以上に名古屋が戸惑い特長が消えた感が強い。
FC東京の歴史を顧みても、実はポゼッション型に挑戦した時間が非常に長い。城福浩、ランコ・ポポヴィッチ、さらに最近では松橋監督と同様に新潟で改革に着手したアルベル・ブッチ・オルトネダらが、ボールを大切にしてゲーム構築していくスタイルへ導こうとした。ところがむしろ安定的な結果へとつなげたのは、堅守速攻がベースの長谷川健太、マッシモ・フィッカデンティ両監督のほうで、特に長谷川体制3年目はシーズン途中で久保建英を手放さなければ頂点に届いていた可能性が高かった。
確かに黄金期の川崎や横浜F・マリノスは、ファンにスペクタクルを与え結果以上の幸福感をもたらしたはずだ。だが川崎は、鬼木達体制で結実する前段階として、風間八宏元監督が「止める、蹴る」の徹底した意識づけなど他に類を見ない技術的な土台作りをしている。
なでしこジャパンは、ニルス・ニールセン監督が就任してから2~3度しか練習の機会がなかったそうだが、はつらつと攻撃的にボールを支配しSheBelieves Cupを制した。それは新監督の戦術が選手たちの資質に合致し、また彼女たちが渇望したスタイルだったからこそではないだろうか。
もちろんFC東京がクラブとして何を望むのかは、監督人事から一目瞭然だ。だが現状で、新潟で素晴らしい手腕を発揮した名シェフの力量を十全に引き出すには、下準備があまりに足りていない。
(加部 究 / Kiwamu Kabe)

加部 究
かべ・きわむ/1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。