50億円移籍の日本人は「非常に価値ある」 名門バイエルンの健全経営が示す真の評価【現地発コラム】

バイエルンの伊藤洋輝【写真:Getty Images】
バイエルンの伊藤洋輝【写真:Getty Images】

名門バイエルンが主力級の移籍金で伊藤洋輝を獲得、大きな期待と信頼の証

 ブンデスリーガ24節、アウェーのシュツットガルト戦を3-1の逆転勝利で飾ったバイエルン・ミュンヘン。90分に途中出場のキングスレイ・コマンが試合を決定づける3点目となるゴールを奪ったシーンでは、ベンチからヴァンサン・コンパニ監督が猛ダッシュで駆けつけ、チームとともに喜んでいた。ブンデスリーガで首位を走っているとはいえ、ここ最近はパフォーマンスの低下と怪我人の続出で台所事情が芳しくないだけに、苦しい試合をものにしたのは大きい。そしてその輪の中にはこの日、後半42分から負傷したアルフォンソ・デイビスと交代で出場した25歳DF伊藤洋輝の笑顔もあった。
 
 今季シュツットガルトから伊藤を獲得するためにバイエルンが準備した移籍金は3000万ユーロ(約50億円)。欧州のサッカー事情に非常に精通しているモラス雅輝氏(ザンクトペルテン・テクニカルダイレクター)が「需要と供給のバランス。クラブ間の関係性も関わってくるもの」と説明するように、選手本来の市場価値とは別に、どのくらいクラブがその選手を獲得する必要性があるかにも大きく関わってくる。

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 バックアップメンバーとしての獲得なら、そこまで財布のひもを緩めたりはしない。バイエルンは世界に名だたるメガクラブだが、決して赤字にはしない健全経営の見本とされているクラブだ。現在もチームでプレーしているエリック・ダイアーをトッテナムから延長オプション付きのレンタル料340万ポンド(約6億円)で獲得したように、それこそ「需要と供給」に沿った補強策を進めるのに長けている。

 昨季レバークーゼンにブンデス王者の座を明け渡し、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)でも優勝した2020年以来決勝にたどり着けていない反省から、戦力の抜本的な見直しと長期的な視点でのチーム作りをスタート。そんなバイエルンが主力級の金額を準備して伊藤を獲得したことは、コンパニ監督を含め首脳陣が大きな期待と信頼を集めている何よりの証と言えるし、加入直後に右足中足骨を骨折して長期離脱となったのは大きな痛手となっていた。

伊藤がついに公式戦デビュー、指揮官「今シーズン我々が持っていきたい物語だ」

 伊藤のバイエルン公式戦デビューとなったのはセルティックとのCLプレーオフ(2月12日)。アウェー戦だったファーストレグの後半31分、ラファエル・ゲレイロと交代でピッチに立った。続くレバークーゼンとのリーグ頂上決戦ではいきなりのスタメン起用でドイツメディアとファンを驚かせた。そして23節フランクフルト戦でもスタメン出場を果たすと、バイエルン移籍後初ゴールをマークした。

 試合後の記者会見で、地元記者から伊藤について尋ねられたコンパニ監督はこのように話していた。

「6~7か月も負傷離脱があり、そして今日この瞬間がある。今シーズン我々が持っていきたい物語だ。すでに見せてくれているプレーで、クラブの将来において非常に価値ある選手になるというのが示されたのではないか」

 ここ数シーズン守備陣に問題を抱えていたバイエルンは、どんな状況、どんな時期でも可能な限りの戦力を揃えようとしていた。右サイドにはコンラート・ライマー、ヨシプ・スタニシッチ、サシャ・ボエ。場合によってはヨシュア・キミッヒもプレーできる。センターバック(CB)にダヨ・ウパメカノ、キム・ミンジェ、ダイアー、伊藤。左サイドバック(SB)にデイビス、ラファエル・ゲレイロ、そして伊藤。

 特に左SBのポジションには安定感のある守備を提供できる選手がいないのが悩みの種だっただけに、試合運びや対戦相手に応じて「伊藤」というカードを手元に持てるメリットは計り知れないほど大きい。

 競り合いに強く、空間把握能力が高い伊藤は守備で計算ができるうえ、正確で鋭いパスで攻撃の起点になることもできる。キム・ミンジェやウパメカノが相手プレスを受けるとあたふたしてミスパスをするシーンが散見されるだけに、伊藤の復帰はファンにとっても待ち望んでいた好ニュースだったのは間違いない。シーズン当初3バックも試していたコンパニ監督だけに伊藤を左CBに入れた3バック採用もあり得る。とはいえ離脱期間が長かったために、首脳陣も負荷調整には気を配っている様子が窺える。今はまだ少しずつ試合勘を取り戻し、出場時間と頻度をシーズン終盤にかけて増やしていく段階にいる。

一流が集う場所…レジェンドの隣に立ち、声をかけてもらい出場した伊藤

 前述のシュツットガルト戦でデイビスの負傷により伊藤はスクランブル出場となったわけだが、伊藤と同じタイミングでピッチに入ったのがトーマス・ミュラーとセルジュ・ニャブリだった。

 35歳となったミュラーはバイエルン一筋でブンデスリーガ通算494試合出場、150ゴール209アシストをマーク。ドイツ代表としても通算131試合に出場し45得点。ワールドカップ4大会連続出場という世界サッカーの中でもレジェンド中のレジェンド。そんなミュラーの隣に立ち、声をかけてもらって出場し、ゴールを一緒に祝い合っている。ハーフタイムにはそんなミュラーやニャブリ、ほかにもコマンらワールドクラスの選手とロンドを楽しそうにやっている。本当にすごい場所で伊藤がプレーしているというのを感じずにはいられない。

 CL決勝トーナメント初戦ではレバークーゼンと激突する。2月のリーグ戦では完全に試合を支配されての引き分けだっただけに、コンパニ監督としても十分な対策を練って試合の準備を進めることだろう。どんな戦略でどのように仕掛けるのか。そのなかで伊藤はどのような役割を担うのか。その起用法に注目が集まる。

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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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