日本人の逸材より「もっと求められている」 お金が回る欧州移籍のリアル「面白い話だと思いませんか?」【インタビュー】

日欧を知るモラス雅輝氏が語る、世界で見られる「ウィンウィン」の欧州移籍施策
「日本サッカーの未来を考える」を新コンセプトに掲げる「FOOTBALL ZONE」では、現場の声を重視しながら日本サッカー界のあるべき姿を模索していく。今回はJリーグの浦和レッズとヴィッセル神戸でコーチを務めた経験を持ち、現在オーストリア2部ザンクト・ペルテンでテクニカルダイレクター、育成ダイレクター、U-18監督を兼務するモラス雅輝氏とともに、各国が欧州へ選手を送り込むために行っている「移籍施策」を掘り下げる。(取材・文=中野吉之伴)
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ヨーロッパに選手を送り込むため、他国はどのような取り組みをしているのか。ステップアップを狙うのは日本だけではない。世界中の選手が欧州トップリーグ移籍を虎視眈々と狙っているし、メガクラブでプレーする日を夢見ている。
とはいえ所属先のクラブにとっては、才能豊かな選手がどんどん移籍してしまえば戦力は維持できず、収益も安定しない。それだけに移籍するのであればクラブ運営の助けになるビッグオファーで移籍してほしいと思うのも理解できる話だろう。
ただオーストリアを中心に20年以上の指導者歴を持ち、現在オーストリア2部ザンクトペルテンでテクニカルダイレクター、育成ダイレクター、U-18監督と様々なタスクを兼任しているモラス雅輝氏によると、「ビッグオファー1発に賭けるよりも、上手くお金が回っていく仕組みを作り上げたほうが、どちらにとってもウィンウィンになる、というやり方をしている国もあるんです」と話してくれた。
「これはナイジェリアがそうなんです。ナイジェリアのベストタレントで、それこそ世代別代表、オリンピック代表に入っているような選手たちが、北欧経由、欧州トップリーグ行きというルートが出来上がりつつあるんです。最初の移籍では数百万円から高くて数千万円で取れるので移籍が成立しやすい。
『いや、ナイジェリア1部だと給料がものすごい低いからでしょ』と思う方もいるかもしれませんが、今のアフリカ強豪クラブは相当環境が整っているんです。ナイジェリアやガーナのビッグクラブだと普通に年俸何千万はいく。だから獲ろうと思ったら、最初の移籍で移籍金を高めに設定することだって可能なわけです。でも彼らはそれをしない。
『なんでしないの? じゃあそれでどうやって利益を高めるの?』って聞いてみたことがあるんですけど、『セルオンフィーを上手く使っているんだ』と。つまりその選手が活躍して、そこから多額の移籍金で売れた時に配当される分を、ほかのヨーロッパ移籍より高めのパーセンテージを設定しているんだそうです。そうすることで人の動きが活発になって、結果としてお金も入ってくるようになるというわけです。ヨーロッパに積極的にたくさんの選手をどんどん行かせて、そこで実績を作って、その先のセルオンフィーが入ってくるような仕組みを作っているんですね。面白い話だと思いませんか?」
デンマーク発オーストリア経由ブランドが一時人気も…移籍金アップで起きた実例
これは「フューチャーセール」とも呼ばれているが、セルオンフィーが正式な用語とされている。移籍金の設定にはいろんな要素が絡んでくる。国際市場価格とのバランスを上手く見極める必要がある。自分たちが求める金額があるとして、それをそのまま移籍金として設定してしまうと、設定が高すぎるゆえに移籍自体が減るという事態にもつながりかねない。モラス氏は「間違いないです」と深くうなずきながら答えると、一例を挙げてくれた。
「オーストリアでの話ですが、シュトゥルム・グラーツというクラブがデンマーク人の補強で大成功したんですよね。現在マンチェスター・ユナイテッドに所属しているFWラスムス・ホイルンドもその1人でした。デンマーク発オーストリア経由ブランドですね。ホイルンドはグラーツからアタランタへ移籍し、そこからマンチェスター・ユナイテッドへとステップアップしましたし、ほかだとミカ・ビエレスもそうですね。アーセナルのU-21からグラーツとしては破格の900万ユーロ(約14億円)を出して獲得したので話題になりました。UEFAチャンピオンズリーグ出場(CL)が決まっていたのと、間違いなくステップアップしていく逸材という保証もあったからですね。実際に約1年間で47試合23ゴールをマークし、25年ASモナコに1300万ユーロ(約20億円)で移籍しています。
デンマークは国際市場価格で言うと、全体的にほかの欧州国と比較してちょっと安い時があったんです。だからスカウトも注目するようになって選手を取って、そこの選手がどんどん活躍してステップアップというパターンが生まれる。
ただデンマーク側が、『これだけヨーロッパの舞台で活躍できる選手を出しているんだから、もっと値段を上げるべきだ』ということで、移籍金額の設定を結構上げたんですよね。で、何が起きたかというと、需要と供給のバランスが合わなくなって、『それならデンマークを重点的にスカウティングするのは止めて、今度はノルウェーに行こう』ってなってきたんです。『ノルウェーが我々にとっての次のデンマークだ』みたいな。そのあたりは刻々と変化していくので、常にそうしたバランスを見極めなくちゃいけないわけですから、現地の正しい肌感覚による情報収集が必要だと思います」

欧州の現場で実感「アメリカやカナダなどのタレントは求められている」
欧州で活躍している日本人選手は確かに増えた。そしてこれからも増え続けるだろう。欧州クラブにおける日本人選手への評価も間違いなくアップしている。CL出場クラブでレギュラーを確保する選手も増えるだろう。だが、「じゃあ欧州クラブがこぞって日本のタレント探しに躍起になっているか」というと、決してそうではないという実情も知っておく必要がある。モラス氏はこう締めくくった。
「正直なところ、欧州で仕事をしていると、アメリカやカナダなどのタレントはもっと求められていると感じています。特にカナダのタレントは、フィジカルレベルが高く、教育もしっかりしていて英語も話せる。カナダプレミアリーグはそこまで年俸が高く設定されてないので、いいタレントが安く獲得できるんですよね。カナダとアメリカに重点的にスカウティングスタッフを常駐させたり、送っているクラブも増えてきています。先ほど話したとおり、アフリカの国々も今いろんなことをやり始めていますし、アジアでもいろいろな動きが出てきています。今までヨーロッパのビッグクラブがあまり注目してないところに、ヨーロッパのステップアップリーグの国々が興味を持ち始めて市場化しようとしているんです。
日本のサッカー界全体の成長力と発展は素晴らしいし、今後も続いてほしいと思います。ただこれまでと今がこうだから、これからも続くというわけではないので、ヨーロッパのリアルな情報を随時収集してほしいなと思います」
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)

中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。