年齢15歳・身長差22cmの師弟対決 「メンタル弱いんです」…マッチアップで得た成長の手応え【コラム】

町田DF望月が代表で同僚のFC東京DF長友とマッチアップ
FC町田ゼルビアがFC東京を1-0で振り切り、今シーズン初勝利を挙げた2月22日のJ1リーグ第2節。敵地・味の素スタジアムで注目のマッチアップが実現した。町田の右ウイングバック(WB)望月ヘンリー海輝とFC東京の左WB長友佑都。年齢差15、身長差22cmの師弟対決に込められた特別な意味を追った。(取材・文=藤江直人)
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萎縮しかけていた自分の背中を押し、鼓舞してくれた師匠の“熱さ”が最大の脅威になる。町田の望月はそう言い聞かせながら、敵地のピッチに立った。
ともに3-4-2-1システムで臨んだFC東京戦。右ウイングバックで先発した望月の対面には、例えるなら鏡合わせのように相手の左ウイングバックがくる。マッチアップしたのは長友だった。
「佑都さんの雰囲気とか、そういったものに飲まれないように、特にメンタル面で意識していました」
後半37分にFW西村拓真が決めた値千金の先制点を守り抜き、今シーズン初勝利を挙げた直後に、長友との師弟対決を問われた望月はこんな言葉を残している。昨日の友は今日の敵、というべきか。かつては「雲の上の存在」と憧憬の念を抱いていた長友との距離が、一気に縮まったのは昨年9月だった。
国士舘大卒のルーキーとして奮闘していた町田でのパフォーマンスが評価され、日本代表に初めて招集された望月は緊張感をマックスに高めながら、アジア最終予選の初戦を間近に控える森保ジャパンに合流した。
「基本的に僕、人に慣れるまでに疲れてしまうんですよ」
自身の性格をこう分析する望月は、町田におけるピッチ外の過ごし方を代表チームでも実践した。
「ゼルビアでもそうですけど、僕は基本的にどこにいても一人でいるので。代表でもホテルの部屋で毎日ネットフリックスを見ていたというか、僕にとってはそういう時がリラックスできる時間でした。孤独という言い方はちょっとあれですけど、いつもどおりというか、何かストレスを感じていた、というのはなかったですね」
長友佑都の存在「自分だけじゃなくて周りも助ける」
初めて経験した日本代表での日々を苦笑しながら振り返った望月へ、大声で「ヘンリー!」と呼びかけながら絡んでいったのが長友だった。初めて交わしたあいさつで「僕、メンタルが弱いんです」と切り出した望月が気になって仕方がない。だからこそ意識して望月に近づいていったと、当時の長友は明かしていた。
「ヘンリーが僕の圧でちょっとビビっていて。もっとガツガツしているのかなと思っていたんですけど、これはちょっと包んでやらないとメンタルがやられてしまうなと思って。僕自身も(香川)真司とともに初めて代表に選ばれたときに、あまり外に出たくないと、ずっと部屋に2人でいたので気持ちがすごくよく分かるんです」
同時に代表の一員になった以上は、ベテランだろうがルーキーだろうが変わらないと心得も説いた。一人の時間を好みながらも触発されたのか。望月は「すごくしゃべった、というわけじゃないけど、代表でしゃべっていない人はいないですし、流れのなかでコミュニケーションが取れました」と貴重な時間を振り返っている。
何よりも身長170cm体重68kgの小さな体全体から、長友が放ち続けた“熱さ”に刺激を受けた。9月シリーズで、そして続けて招集された10月シリーズでも、望月は計4試合で一度もベンチ入りできなかった。それでも、同じ境遇にいた長友の代表におけるすべての立ち居振る舞いに、望月は畏敬の念を込め続けた。
「5大会連続のワールドカップ出場を狙っているなかで、プレーそのものもそうですけど、どんなときでも常にチームを一番に考えたポジティブな声を発信し続けていた。自分だけじゃなくて周りも助ける、と言えばいいんでしょうか。僕自身、代表での初日への入りなどで、ものすごく救われた部分がありました、練習中の佑都さんの立ち居振る舞いを含めて、あそこへいって経験したものすべてが僕の糧になっています」
忘れなかったチームへの働きかけ
あれから5か月あまり。その間に行われたFC東京戦では、累積警告による出場停止だった長友との“直接対決”が実現した。対面に配置された以上、マッチアップは不可避。実際、キックオフから数十秒後には望月のクロスを長友が阻止。こぼれ球をFC東京のGK野澤大志ブランドンがキャッチする場面があった。
38歳の鉄人との球際の攻防へ、激しさを伴って臆さずに臨むのは一丁目一番地。それ以上にまだ記憶に新しい自身の経験から、周囲を鼓舞する長友の“熱さ”の後塵を拝していたら、試合の結果そのものにも大きな影響を及ぼしかねない。望月は自身の内側に熱量だけでなく、冷静さをも脈打たせていた。
「どちらかというと、僕は俵積田(晃太)選手のほうを意識していました。彼のスピードというか、絶対にカットインさせないようにしよう、と。前半に一度カットインされたけど、後半にクロスを上げられた場面に関しては、彼の得意な右足ではなくは左足であげさせたのは、まあ及第点なのかな、といった印象です」
チームへの働きかけも忘れなかった。例えば後半6分。相手の徹底マークに苛立ち、前半の段階でイエローカードをもらっていた韓国代表FWオ・セフンがFW藤尾翔太との交代を告げられた直後。ピッチの外で、悔しそうな表情を浮かべていたセフンのもとへ駆け寄り、次があるとばかりに励ましたのは望月だった。
両チームともに無得点の均衡が破れた直後には、殊勲のヒーローになった西村らとともに何度も雄叫びをあげ、この1点を死守するとチームを鼓舞した。代表で何度も見た長友と同じ“熱さ”がそこにあった。
長友との対決は「五分五分だったかな」
試合後の取材エリア。メディアから「かなり自信をもって、プレーしているように見えたけど」と長友とのマッチアップを問われた望月は、長友への感謝の思いを見え隠れさせながらこんな言葉を残している。
「外からそのように判断してくれたら、多分、僕も(佑都さんに)そう思われているのかなと思うので、うれしい、という感じですね。1年やらせてもらっているので、去年よりは成長したんじゃないかと思います」
試合中も、そして勝利を手にした試合後も、長友とは特別な言葉はかわさなかったと望月が言う。
「五分五分だったかな、という感じですね。もちろん、越えられるように、という思いはあります」
戦いはまだまだ続いていくからこそ、通過点となった一戦に言葉は不要だった。J1の舞台で。そして、森保ジャパンで。年齢もサイズも異なる2人は、師弟からライバルへと関係を変えて切磋琢磨を続けていく。
(藤江直人 / Fujie Naoto)
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藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。