南野拓実や中村敬斗のように…Jクラブ→欧州の“高額”移籍金問題「駄目になることもある」【インタビュー】

Jリーグ→オーストリア→5大リーグと進んだ南野拓実と中村敬斗【写真:Getty Images】
Jリーグ→オーストリア→5大リーグと進んだ南野拓実と中村敬斗【写真:Getty Images】

日本と欧州のサッカー界を熟知するモラス雅輝氏が語る「移籍金問題」

「日本サッカーの未来を考える」を新コンセプトに掲げる「FOOTBALL ZONE」では、現場の声を重視しながら日本サッカー界のあるべき姿を模索していく。今回はJリーグの浦和レッズとヴィッセル神戸でコーチを務めた経験を持ち、現在オーストリア2部ザンクト・ペルテンでテクニカルダイレクター、育成ダイレクター、U-18監督を兼務するモラス雅輝氏に、日本から欧州クラブへ移籍する際の「移籍金問題」について語ってもらった。(取材・文=中野吉之伴)

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 選手の移籍金は高額であればあるほど良いのか?

 欧州に活躍の場を求めて移籍する選手の数はこの20年間どんどん増えてきている。そしてこの傾向はさらに続いていくだろう。クラブ間で移籍をする際には場合によって移籍金が発生する。これは選手が現在結んでいる契約を破棄して他クラブへと移るために補填として支払われるものであり、違約金とも呼ばれる。

 世界トップレベルで見ると、天文学的な数字が並んでいる。例えばブラジル代表FWネイマールが、2017-18シーズンにFCバルセロナからパリ・サンジェルマン(PSG)へ移籍した時の移籍金は2億2000万ユーロ(当時のレートで300億強)。今季も数多くの大型移籍が実現している。

 巨額のお金が動くマーケットを見ていると、そこに夢を感じる人もいるだろう。違約金ビジネスに日本ももっと乗り出すべきだという話をよく耳にしたりする。欧州の舞台で活躍する日本人選手が増えているなか、日本から欧州移籍の際にもっと高い基準を設けたほうがいい、と。そうかもしれない。
 
 ただ、そうした議論を始める前に、まず欧州における現場の情報を正しく理解して、整理することが必要だ。
 
 オーストリアを中心に20年以上の指導者歴を持ち、現在オーストリア2部ザンクトペルテンでテクニカルダイレクター、育成ダイレクター、U-18監督と複数のタスクを兼任しているモラス雅輝氏は、「現地の情報をちゃんと押さえておかないと、交渉しようにも誤解が生じてこじれる要因にもなってしまう」と警鐘を鳴らしている。ザンクトペルテンの女子チームはUEFA女子チャンピオンズリーグ(CL)の常連である一方、モラス氏は2014年にオーストリアブンデスリーガ・スポーツマネジメントアカデミーを、アジア人として初めて卒業した人でもある。現場における造詣は非常に深い。

「まずクラブ経営やリーグの健全なあり方の第一前提として、移籍金に頼らないクラブ経営をするというのが、すべての一歩だと捉えないといけない。例えば、ヨーロッパには経営予算のほとんどが選手の移籍金から成り立っているクラブもあるという主張もあるんですが、これってクラブ経営においてまさしくやっちゃいけないと言われているやり方なんです。ブンデスリーガのスポーツマネジメントアカデミーで『移籍金というのは臨時収入であって固定収入ではない。臨時収入をベースとなる予算に入れて会社を経営する民間の会社はありますか』という話をじっくり聞きました。もちろん移籍金で成り立っているのは凄いことなんですが、何か1つ上手くいかないことがあるとクラブそのものがなくなる危険性だってあるわけです。なので『移籍金で成り立っているクラブがヨーロッパにたくさんあります』というのを、ポジティブに捉えるのは危ないなと思います」(モラス氏)

「もしJリーグのタレントがみんな高くなりますってなったら…」がはらむ危険性

 そもそもヨーロッパとひとまとめで語るのは無理だ。それぞれの国にそれぞれの規模と事情があり、それぞれの考え方や感覚がある。「ヨーロッパだと移籍市場で100億円とか動いていますから」というのも事実だが、あくまでもイングランド、スペイン、ドイツなどの限られたメガクラブでやり取りされていることなのだから。

「そうなんです。例えば、Jリーグクラブと同規模予算のヨーロッパクラブへの移籍だと同列では語れないわけです。ヨーロッパクラブが獲得したいと思っても、高い金額設定をして駄目になることもあるわけです。現行の選手年俸を基準に考えた時に、『その額の選手にその移籍金?』というパターンだってあります。交渉は大事ですが、とはいえそこで認識のずれがあまりに大きいとよろしくはないですよね」(モラス氏)

 では、そもそも移籍金の金額はどのように決められているのだろうか? 必ずしも「選手が持つ市場価値=移籍金ではない」というところに気をつけなければならないと、モラス氏は指摘する。

「例えば、ダビド・アラバがバイエルン(・ミュンヘン)からレアル・マドリードに移籍金ゼロで移籍しましたけれど、じゃあアラバの価値がゼロなのかっていうと、そういうわけではないですよね? シンプルに言うと需要と供給ですし、クラブ間の関係性も関わってくるものなんです。

 移籍金設定について興味深い話があります。各国のスポーツダイレクターやエージェントとの会議があったんですけど、その時にヨーロッパにいろんなタレントを送り込んでいる、とある国のエージェント会社社長が『移籍金額を高くすることはやっちゃ駄目』と言うんです。

 なぜかというと、『需要と供給の問題で、値段が想定以上に高くなったら、みんな手を出さなくなる。もしJリーグのタレントがみんな高くなりますよってなったら、自動的にヨーロッパのクラブスカウトは他のマーケットへ行きますよ』と。だから一方的に高くしようってなってしまうと、上手くいかない危険性のほうが高いと思うんです」

南野拓実や中村敬斗のような「ステップアップ」は好例

 移籍金算出のベースとなるのは選手の年齢、残りの契約期間、現在の年俸、そして国際市場でどのように評価されているリーグでプレーしているかが関連してくる。特にリーグ評価はどうしてもそれぞれに主観が入ってしまうため、ずれが生じやすいところだ。「この国で、これくらい活躍した選手は、すぐにこれくらいの活躍をしてくれる」という信頼をどのように勝ち取っていくかがやはり重要になってくる。

「それこそオーストリアからドイツに移籍する選手はここ最近すごく増えましたし、移籍金も高額に設定されることが増えてきました。でも20年前くらいだと正直そんなに移籍金は高くなかったんですよ。レッドブル・ザルツブルク、シュトゥルム・グラーツ、LASKリンツといったクラブが、毎年のようにUEFAチャンピオンズリーグ、ヨーロッパリーグ、カンファレンスリーグで目覚ましい結果を残して、選手たちが素晴らしい活躍をすることによって、オーストリア・ブンデスリーガが持つ市場価値を少しずつ上げていってくれたんです。

 そして毎年のようにいろんな選手がステップアップして、少しずつ実績を作って、国際舞台で結果を残してきたことで今がある。だからザルツブルクの主力選手を獲るとなると、普通に1500万ユーロ(約23億円)や2000万ユーロ(約31億円)という話が出るわけです。南野拓実や中村敬斗はまさにそのルートでステップアップしていった選手たちです。

 値段を上げていくための価値をまず作らなくちゃいけない。そして国際競争力があるという証明には、国際的なコンペティションに出て結果を残すことなので、地理的な点からもJリーグそのものがするのはどうしても難しい。なので、そうした大会に常時出場できるクラブでJリーグから来た選手が常時活躍できるようになっていくことが望ましいのではないかと思うんです」

 1回の大きな移籍金を狙うのではなく、欧州における移籍現場の実情とマーケットの需要を詳しく知り、大きなステップアップの可能性を持つ選手の供給源としてどのようなルートを作り出すことが大事なのか。次回はそのあたりを掘り下げていく。

(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)



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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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