選手権優勝、プロ輩出多数「自分が高校生の時よりはるかにうまい」…今も伝わる名将の“イズム”【インタビュー】

前橋育英時代の金子拓郎(13番)【写真:Getty Images】
前橋育英時代の金子拓郎(13番)【写真:Getty Images】

金子は強豪前橋育英の出身…同校は今年の選手権で2度目の優勝を飾った

 1月に決勝戦が行われた全国高校サッカー選手権大会は、群馬県の強豪前橋育英が優勝を果たした。Jリーグにも多くの人材を輩出している同校だが、浦和レッズに今季の新戦力としてベルギー1部コルトレイクから加入したMF金子拓郎もその1人だ。欧州でのキャリアも得たプロキャリアだが、その基礎として前橋育英で得たものは大きい。なかでもサッカー、生活の両面で努力することが当たり前になった環境が最大の要素だったという。(取材・文=轡田哲朗/全6回の4回目)

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 1月13日に国立競技場で行われた決勝戦で、前橋育英はPK戦の末に流通経済大柏(千葉)を破って7大会ぶり2回目の優勝を決めた。その光景を、Jリーグ復帰が決まった金子は移籍間際の忙しさもあり現地観戦は叶わなかったが、テレビでチェックしていたという。「選手権の優勝は簡単にできることじゃないので、彼らの3年間の努力が実を結んで良かったと思います」とOBらしく喜びを語り、「見ていて自分が高校生の時よりはるかにうまいなって」と笑った。

「やっぱり高校のころの経験は生きていると思いますよ」と話す金子は、前橋育英の伝統や環境について「具体的な何かというより、毎日本当に照明が消えるギリギリまで自主練習をしていましたしね。そういう環境に身を置けたことが成長につながったと思います。でも、それを凄いとも思っていなくて、本当にみんながやっていて当たり前の感覚だったので。周りから見たらすごい努力と思われるかもしれないけど、みんながやっていて、それが当たり前というか。強くなるため、優勝するため、プロになるために当たり前という環境でした。今振り返ると、良い環境だったなと凄く思います」と口にした。

 1982年から山田耕介監督が率いる同校のサッカー部からは、多くのJリーガーが生まれてきた。山口素弘氏や松田直樹氏といった、Jリーグ創設から間もない時期に活躍してワールドカップ(W杯)に出場した選手から、金子も含む現役選手までコンスタントに日本サッカー界に力を与える人材が生まれている。

 さらに、山田監督から伝わる“イズム”とでも呼ぶべきものについて、金子は「本当に育英時代はサッカーのことを考えているというか、全員がそういう感覚でした。無意識に切磋琢磨しているというか、全員が夜遅くまで自主練習をするし、食事もちゃんとする。だけど、サッカーだけではなくプラスして『授業もちゃんとやっていこうぜ』という感じだったので。サッカーだけでなく人としての部分も指導されましたから、山田先生のそういう部分にあるんじゃないかと思いますね。みんなでちゃんとやっていこうという雰囲気がありました」と話した。

浦和にも前橋育英出身の選手が多数在籍

 今季加入する浦和でも、前橋育英出身の選手が所属してきた。元日本代表MF細貝萌や、MF小島秀仁、MF青木拓矢といった名前が挙がり、今季に向け浦和から柏レイソルに移籍したMF小泉佳穂もそうだ。そして、MF渡邊凌磨とGK吉田舜が現所属になる。両選手が1歳上の先輩という関係になる金子は「移籍してくる時に知り合いの選手がいるのは大きいですよね。色々と教えてくれましたし、『浦和に行きます』という連絡もしましたから」と笑顔だった。

 今大会の優勝チームから直接のJリーグ入りという選手はいなかったが、日本大学から北海道コンサドーレ札幌へ入団してプロデビューした金子のように、大学経由でさらに実力を伸ばしてJリーグに入る選手も数多い。高校時代に努力を重ねる習慣を身に付けていくことが、後に大きな花を咲かせる力になるのかもしれない。(第5回へ続く)

[プロフィール]
金子拓郎(かねこ・たくろう)/1997年7月30日生まれ、埼玉県出身。前橋育英―日本大学―札幌―ディナモ・ザグレブ(クロアチア/期限付き)―コルトレイク(ベルギー)―浦和。23年には札幌で半年間の在籍ながらJ1ドリブル総数で1位(156回)を記録。ザグレブ時代にUEFAカンファレンスリーグで8試合2得点。25年に地元クラブである浦和に完全移籍し、Jリーグに復帰した。

(轡田哲朗 / Tetsuro Kutsuwada)



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