日本人監督が明かす女子指導の難しさ 「ストレートな言い方だと難しい」の真意【インタビュー】

ドイツ・マインツ女子で指揮を執る山下喬【写真:本人提供】
ドイツ・マインツ女子で指揮を執る山下喬【写真:本人提供】

ドイツ・マインツ女子で指揮を執る山下喬、女子サッカー界の最新傾向に言及

 ドイツ・ブンデスリーガのマインツ女子で監督として指揮を執る日本人指導者の山下喬。滝川第二高校卒業後にドイツへ渡り、現地で活動を続けているなか、女子サッカーの指導における難しさを明かしている。(取材・文=中野吉之伴/全4回の3回目)

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 元日本代表FWの岡崎慎司がドイツで設立したFCバサラマインツというクラブで、チームを11部から6部まで引き上げた経歴を持つ山下喬は、現在ブンデスリーガクラブの女子トップチームで監督を務めている。

 それまで男子成人アマチュアチームで長年指導をしてきた山下にとって、初めて挑戦する女子サッカーでの指導で予想以上に悪戦苦闘していると明かす。

 1つは、サッカーを知らない子が多いということ。スタジアムに行ったり、テレビやネットで90分間試合を見たことがない子供が最近増え、その影響は小さくない。男子でもその傾向は強くなっているが、女子ではより顕著だという。

「だからシチュエーションごとのプレーに対するイメージが全くないっていう選手もいます。味方がボールを持っている。相手がどこにいる。君は今ここにいる。『もしボールが来たら、どうしたらいいのか』というのが分からない。どんなパターンやバリエーションがあるのか知らず、試合展開に応じた選択肢も少ない。そうなるとチームとしての積み重ねが難しくなりますよね」

 山下は一例として、岡崎との話をしてくれた。岡崎がドイツのマインツでプレーしていた頃、時間があると人気ゲームの「ウイニングイレブン」をしていたという。

「彼と対戦すると、サッカー経験者同士なのでゲームでも個々がボールを運んで、相手の守備を動かし、スペースができたらFWに当てて落としたりサイドに展開するような読み合いになる。でもサッカー経験が少ない人とやると、『え? ここでターンするの?』とか、『なんでそこでそっちにパス出すの?』という、つながりのないプレーばかりになるから読めない」

男女選手で異なる指導の肝「男子ではそれが上手くいっていたんですけど…」

 そこで山下は彼女たちにシチュエーションごとのプレーパターンやバリエーションを指導し、整理する時間を増やした。最初はぎこちなく、上手くいかないことも多かったが、着実に成長を遂げたという。どんな学びでも、いきなり高難度でスタートするより、分かることを着実に増やしていくほうがいいのだ。

 また、サッカー理解のほかに苦労したのがコミュニケーションの面だと口にする。

「やっぱり指導者としての声掛けを、もっと考えないといけないのが大変ですね。僕は性格的に選手にも正直でありたいと思っています。だから思ったことをストレートに言う。厳しい指摘もする。選手からしたら嫌に思うかもしれないけど、『あとで本当はこう思ってた』とか、『タカがこう言ってたよ』とかを第三者に言われたりしたら、選手はもっと嫌だと思うから。男子チームではそれが上手くいっていたんですけど、同じようにストレートな言い方だと難しいなというのを学んでいます」

 山下が思っていた以上にミスへの指摘をネガティブに捉えられていた。ある時期に選手たちとのぶつかり合いが増え、試合内容や結果も良くならない。選手たちが自らミーティングを開き、山下に直談判してきたことがあったという。

「もっとポジティブにやってほしい、もっと信頼感を与えてほしいという話を受けました。あまり直接的に言ってしまうと、考えこんでしまったり、泣いてしまったり、『私のことはもう必要としてない』と感じてしまう選手がいる、と。そうしたコミュニケーションを取るなかで、僕は僕で変わらないとダメだなと思い、なるべくポジティブにっていうのを心掛けています」

 選手が本音で向き合ってくれたことを嬉しく思い、それに対してできることをしようとした。「ただ」と言って山下は話を続ける。

「ポジティブに話はするけど、『正直である』という部分は変えたりしない。選手たちにも、そう話しました。『信頼感って無条件で与えられるものじゃないだろう? 勝ち得るものじゃないのか?』って。マインツは、もっと上のレベルでやっていこうというクラブで、練習から全力で頑張って、自分たちが戦う姿を見せながら、選手も指導者もお互いに信頼を勝ち得るものだと思うし、みんなにはそうなってほしいって」

下馬評を覆した一体感、監督から選手へポジティブな声掛けの効果

 ミスを執拗に責めるのではない。チームのために守備で頑張れない、走るべきところで走らないなどのプレーに対して厳しい基準がなければ、より上のレベルでは戦えない。その後のカップ戦で、下馬評では相手有利と言われていたシュツットガルトを相手に、マインツは見事な勝利を挙げた。

「ずっと守ってましたけど、セットプレーを上手く生かして2ゴールで勝ちました。そこからどんどんチームの雰囲気は良くなっています。勝ったのが1つの大きな要因ではあると思うけど、それだけじゃなくて、少しずつ選手たちと分かり合えるようになってきたからというのもあると思います。意識してポジティブな声掛けを増やしてきた効果はあったようです。ただ、日本人選手が所属しているんですけど、彼女からは『ポジティブすぎて気持ち悪いです』って笑われています。難しいものですね(苦笑)」

 山下はクラブからの後押しもあり、ドイツサッカー連盟公認A級ライセンス講習会に参加する予定だ。ドイツサッカー界が女子サッカーのサポートに力を入れている背景もあり、まだ「もしも」の話ではあるが、山下が無事A級ライセンスを獲得し、マインツ女子の2部昇格、そして1部昇格が見えてくれば、UEFA-S級ライセンス相当のプロコーチライセンス講習会参加もあり得ない話ではない。

 女子ブンデスリーガ1部で指揮するにはプロコーチライセンスが必要で、そのためにクラブやドイツサッカー連盟が枠を準備してくれる可能性もあるからだ。ドイツでプロコーチライセンスを獲得した日本人はこの60年近く1人もいない。

※第4回へ続く

(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)



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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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