J1復帰逃すPK献上で…妻にも誹謗中傷 「お前のせいじゃない」苦境救った“何十倍もの応援”【インタビュー】

清水の高橋祐治(写真は2023年撮影)【写真:Getty Images】
清水の高橋祐治(写真は2023年撮影)【写真:Getty Images】

清水エスパルスDF高橋祐治がSNS誹謗中傷から学んだこと

 1つのプレーや言動をきっかけに、SNS上で誹謗中傷の被害に遭うケースはあとを絶たない。清水エスパルスで主力CB(センターバック)を務める高橋祐治もその1人になった。2023年のJ1昇格プレーオフ決勝で同点PKを献上後、待っていたのは心ない非難の数々。精神的ダメージを被った一方、そんな苦境に晒され「すごく大切なものを見つけられた」とも。社会問題化するSNS上での誹謗中傷を受けてから1年余り、今何を感じているのか。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・橋本 啓)

【PR】DAZNを半額で視聴可能な学生向け「ABEMA de DAZN 学割プラン」が新登場!

   ◇   ◇   ◇   

 悪夢の光景は鮮明に刻まれている。聖地・国立競技場で行われた東京ヴェルディとのJ1昇格プレーオフ決勝、1-0のまま後半45分を過ぎ、勝てば念願のJ1復帰。歓喜の瞬間はもう目前に迫っていた。ところが――。高橋のスライディングタックルに反則の笛が鳴った。

 判定は際どかった。本当に反則に値するものだったのか……現実を受け入れられないまま、土壇場で与えたPKで同点に追い付かれ、掴みかけていたJ1への切符は滑り落ちた。わずか数秒で天国から地獄へ。1つのプレーをきっかけに、地に落ちるのはあっという間だった。「自分のせいでこんなにも色んな人を泣かせてしまってる」。自らへの怒り、失望感、さまざまな思いが交錯するなかで、その場の光景を目に焼き付けた。

「試合が終わって、チームメイトやサポーターの皆さんが泣き崩れている姿を見て、とてつもない重大なことをやってしまったんだと。辛い気持ちにはなったのは忘れられないです。その瞬間、戦うしかないって思いましたし、失望させてしまったチームメイトであったり、チーム関係者、あとサポーターのみんなに必ず笑顔になってもらいたいっていう気持ちになったのはしっかり覚えていますね」

 そんな折、さらなる追い打ちをかけたのが、SNS上での誹謗中傷だった。自身のインスタグラム上には、容赦ない卑劣なコメントで溢れていた。被害はこれだけではなかった。ある日、妻で元AKB48の高城亜樹さんがスマホを持ち寄ってきて言った。

「私にもすごい来てる」

 家族にも被害が及んでいる状況を知り、愕然。落ち込む妻には「気にすることないよ」とフォロー。「家族への酷い言葉は許せない」とただ事ではない状況に、家族への誹謗中傷を止めるように自らのSNSで訴えた。

 事態は深刻化し、クラブも選手および近親者のSNSアカウントに誹謗中傷のメッセージが送られたとして、法的措置を含めた対応を取る声明を発表するほどだった。こうしたSNS上での被害は社会問題化し、プロスポーツ選手が被害に遭うのも珍しくない。その張本人となった高橋は一体、この逆境からどう立ち上がったのか。

「本当に応援してくれてる人は傍にいてくれる」

 プロ選手として戦う以上、時には批判の矢面に立たされる。SNSが発達した今、その声はよりダイレクトに伝わり、時としてエスカレートした言葉の数々が選手の心を痛めつける。「メンタルがめちゃくちゃ弱い」という高橋も、そこから這い上がるのに相当な苦労を強いられた。「どうすればいいのか」と思い悩む日々を送ったなか、苦境のどん底で寄り添ってくれたのは、普段から身近で接してきた人たちだった。

「家族はもちろん、チームメイトであったり、スタッフであったり、それこそ街の人であったり、皆さんに支えられたところが正直1番大きかったなと。めちゃくちゃ助けられました。その人たちがいなかったら絶対立ち直れていないだろうし、その後のシーズンで試合には出れなかったかなとは思いますね。本当に応援してくれてる人っていうのは、こういう時でも傍にいてくれるんです」

 精神的に落ち込んでいた当時の高橋には「頑張れ」「負けるな」「応援してるよ」といった1人1人が投げかけてくれたその一声が、想像以上に大きなエネルギーになっていた。チームメイトからの助言もしかりで、この年のオフに入る前のチーム解団式で1人、泣き崩れる高橋に寄り添ったある人物の声に救われた。

「すべて自分のせい」。プレーオフ決勝の場面が頭に蘇り、失望感に打ちひしがれた。そんな高橋に「一旦サッカーのことは忘れて、ゆっくり休め」と、解団式のあとに歩み寄ってきたのがベテランGK権田修一だった。誰も責める者はいないと、強く訴えかけてくれたそのメッセージは、再び一歩を踏み出す勇気を与えてくれた。

「お前のせいじゃないし、全然気にするなと。あのプレーだけでJ1へ上がれなかったわけじゃないし、1年間通して戦ってきた結果だからと。1回サッカーのことはちょっと忘れてゆっくり休めよっていう感じで言われたのが、かなり助かったんですよね。サガン鳥栖時代も一緒にプレーしていましたけど、人格者というか、彼の与える影響力っていうのは凄いなと改めて感じた瞬間でした」

 その年のオフ、当初は指導者ライセンス取得に時間を充てるつもりだったがキャンセル。家族が計画してくれたハワイ旅行へ出かけ、心身のリフレッシュに努めた。1人で背負い込んでいた重圧は家族との時間で少しずつ軽くなっていき「もう一度サッカーと向き合おう」という前向きなマインドへ変わった。

SNSで誹謗中傷受けても…「あまり気にする必要ない」

 ディフェンス陣で最年長の31歳で臨んだ2024シーズン、新戦力も加わり、一からの競争が待っていた。オフを挟んだとはいえ、どん底に落とされたダメージは簡単には拭いきれない。ふとした瞬間、あの悪夢の光景が蘇ることもあった。ただ、高橋は逃げなかった。

「ベンチでも、メンバー外でも、できる限りのことをしようと。誰が出ても活躍できるような雰囲気作りに努めようという意識で」。シーズン序盤、出場機会が限られても気丈に振舞う高橋の姿があった。たとえベンチ外になっても、チームの一員として存在感を示す姿が力になった。高橋自身はその後、徐々に出番を増やし先発へ定着。そして、ついに歓喜の瞬間が訪れた。

 悪夢の昇格プレーオフからおよそ1年、清水はJ1昇格、J2優勝で有終を飾った。ロアッソ熊本を1-0で下した本拠地最終戦後、サポーターとともに喜びを分かち合う“勝ちロコ”を踊る列に、家族とともに笑顔を覗かせる高橋の姿もあった。

 苦しみが報われた1年を経て、SNS上での誹謗中傷被害に晒された経験は今、どのような感情へと変わっているのか。「もちろん誹謗中傷は良くないことだと思います。でも やっぱりプロである以上、言われてなんぼっていう立場でもあって、こういう経験をして気付けたこともあるんです」。いわゆる“誹謗中傷問題”には真っ向から反対する立場にはある。ただ身を持って体験してみると、外からでは分からなかった発見があった。

「近くにいる家族や大切な友だち以外にも、街では清水のサポーターがわざわざ声をかけてくれて『応援してるよ』と言ってくれたり……。誹謗中傷してる人は多かったんですけど、それの何倍も何十倍もの人が応援してくれてるんだなって正直感じました。

 結局、誹謗中傷してる人が目の前に現れることはなかったですしね。応援してくれる人が自分の目の前に現れて『応援してるよ』って声かけてくれるんですよ。そういうことが多かったので、SNSで誹謗中傷受けても、あまり気にする必要ないのかな、とは正直思っちゃいました。嫌な言葉を直接言われるならまだしも、文字って感情がないじゃないですか。

 もちろんすごく嫌な気持ちになりましたけど、それ以上にすごく大切なものを見つけられたなって思いました。こういう経験をして僕が思ったのは、逃げるんじゃなくて、立ち向かった時に、今まで応援してくれた人はもちろん、それ以上に応援してくれてる人が増えたような気がします。そういう人たちのために戦えば戦うほど、どんどんそういう人が増えた気がして、それは1つ嬉しい発見でしたね」

 SNSがコミュニケーションツールになった今、ピッチ上のプレーや判定を巡って、選手に対する心ない投稿や度を超えた批判が送り付けられる問題と向き合わざるを得ない。ただ、たとえそんな被害に遭ったとしても下を向く必要はないと、高橋は当事者としての体験から訴える。SNSの誹謗中傷問題から学んだこと、それは決してネガティブなことばかりではなかった。

page1 page2

今、あなたにオススメ

トレンド

ランキング