有給消化で笛を吹くケースも…日本サッカーの構造的問題の解決策へ 審判変革目指すJリーグ【コラム】

今季Jリーグレフェリーは主審56人、副審97人
Jリーグは今年Jリーグを担当するレフェリー、主審56人、副審97人を公表している。今年新たに登録されたのは主審が5人、副審が8人。また主審56人のうち、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)、AVAR(アシスタント・ビデオ・アシスタント・レフェリー)を務められるのは38人、副審でAVARを務めることが出来るのは34人になっている。
【PR】DAZNを半額で視聴可能な学生向け「ABEMA de DAZN 学割プラン」が新登場!
この人数がいればJリーグの試合はすべてスムーズに行われるように見えるかもしれない。だが実は主審のうち38人、副審の91人は専業でない。別の職を持ちながら、Jリーグが開催される日にスタジアムにやってくる。有給休暇を消化しながら笛を吹いているケースもよく聞く話だ。毎週必ずレフェリーを務められるわけではない。
そのためJ1からJ3まで含めると毎週最大30試合をこなすのには多くのレフェリーが必要になる。毎週試合を担当することは、自営業でないかぎり出来ないだろう。そこで問題が起きるのは、レフェリーが経験を積むのが難しいということだ。多くの試合を担当してさまざまなケースを体験するまでには何年もの時間がかかってしまう。
専業のレフェリーだったら毎試合担当できるため、レフェリーとしての成長は格段に早くなる。そんな審判専業のプロフェッショナルレフェリー(PR)は主審が18人、副審は6人。1試合あたりにレフェリーが6人必要なことを考えると、全員をPRで固めることができる試合は最大3試合しかない。
Jリーグの試合後にレフェリーを批判する意見が散見されるが、それはこんな構造的な問題から起きている。これが日本の審判の現状なのだ。審判委員会の扇谷健司委員長はPRを増やす意向を明らかにし、実際に今年は主審4人、副審1人が増員されているものの、まだまだ数が足りないのは明らかだ。
J1経験の浅い大橋主審、道山悟副審がPRに入った理由
そんな苦しい台所事情がありながらも、審判委員会は1つの決断をしている。今年、PRとして新たに登録された大橋侑祐主審はこれまでのJ1担当試合数が2試合、また道山悟至副審は35試合しかない。これはほかのPRに比べると圧倒的に少ない。
だが2人には別の特徴がある。それは2人ともまだ30歳と審判としては若いほうだということだ。扇谷委員長はヨーロッパのレフェリーが32歳のレフェリーがトップコンペティションのゲームで笛を吹く環境を「見習いたい」と語ったことがあるが、今回の2人のPR登用はその意向を表したと言えるだろう。
実際、この2人のPR起用について扇谷委員長は「直近のところに強化することも当然ですけども、やはり5年後、10年後、そういったことを見据えてやはり強化をしなければいけないところもあります。10年後にはそういった人材が育って引っ張ってみてほしい」と述べて、将来への布石を打っていることを明らかにしている。
この方針はアジアサッカー連盟(AFC)の活動方針も睨んだ戦略も担っている。AFCは「審判アカデミー」の活動を行っており、そこで4年間のプログラムを修了することが、今後の世界大会への登録のために必要となってくる可能性がある。ところがその「審判アカデミー」は25歳から32歳という年齢制限が課されている。
日本が1970年メキシコワールドカップ(W杯)でピッチに立った丸山義行氏(故人)に始まり、1986年メキシコW杯、1990年イタリアW杯の高田静夫氏、1998年からは毎大会続けていたW杯へのレフェリー派遣を続けるためには、若年層のレフェリー育成が必須なのだ。
レフェリーの地位を向上、志願者を増やす施策も必須
もちろん国内に質の高いレフェリーを増やしていくことは必要条件。その責を担うのは2024年限りでトップリーグのレフェリーを辞任し、現在は「JFA審判マネジャー」として後進の指導に当たる西村雄一主審になる。
さらに国外で日本のプレゼンスを挙げることも重要なのは間違いない。AFCや国際サッカー連盟(FIFA)の中で存在感を示し続ける役は、佐藤隆治氏が担うはずだ。2人のW杯経験者は、ピッチの上から去っても重要な役割を果たしている。
それと同時に、レフェリーの地位を向上することで志願者を増やす施策も必要となるはずだ。その意味ではJリーグが発表した「Jリーグにおける誹謗中傷・カスタマーハラスメント等への対応について」というリリースは意義深い。この中で「選手・審判やスタッフ」への誹謗中傷や悪意のある言動について、今後はしっかり対処していくと述べられている。
レフェリーはどう判定しても批判されるものかもしれないし、両チームからの批判があればそれは偏りがなかったということで喜ばしいのかもしれないが、それにしても一線を越えているような中傷も多かった。それが減ることで審判の立場が守られることもあるだろう。
収入面も含め審判員が「讃えられるような風潮を」
もう1つ大事な収入面に関しても、審判の「手当」は今年から少しだけ引き上げられた。それでもまだまだ不十分でもある。PRは1試合あたりの手当が減額されたが、その分、ベースが上がるものだと思われる。もっとも「手当」は担当した試合数によるので、もしも病気になってしまうと収入減になってしまう恐れはあるだろう。
ここまで書いてきたように、レフェリーを取り巻く環境に改善すべき点は多々ある。それでもレフェリーのための予算が急には増えないだろうし、増えたとしても育成には時間がかかるのは間違いない。劇的な社会的要因が変わらない限り、レフェリーを取り巻く環境は緩やかにしか向上していかないはずだ。
ならば、もう少しレフェリーが讃えられるような風潮を作ってレフェリー志願者が増えるようにしてもいいのではないだろうか。たとえばJリーグやAFCから最優秀レフェリーに選ばれたら翌年は金ぴかのユニフォームで裁いていいとか。「審判なのに目立ちすぎ」と言われて逆に非難されそうだが、何かいろいろアイデアを出して、悪いときはいつまでも覚えられるのに、良かった時はすっかり忘れられているという、讃えられるべき人をもっと表に出して上げてもいい気がする。
(森雅史 / Masafumi Mori)

森 雅史
もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。