観客9万人超も…女子サッカーに求められる“新革命” ボール重量やゴールの高さ「変えるのはあり」【インタビュー】

マインツ女子・山下喬監督が実感する女子サッカーのポジティブな変化
欧州で女子サッカーの盛り上がりが年々高まっている。2022年3月にスペイン・バルセロナのカンプ・ノウで行われたUEFA女子チャンピオンズリーグ(CL)準々決勝、FCバルセロナ対レアル・マドリードの試合に女子サッカー観客数世界記録となる9万1553人が来場。ドイツ・ブンデスリーガのマインツ女子で監督として奮闘している日本人指導者の山下喬氏は「あれは本当に一部」と明かし、ボールの重量やゴールのサイズなどを含めて、女子サッカーならではの改革を求めている。(取材・文=中野吉之伴/全4回の2回目)
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社会的な注目が集まり続けるなか、女子サッカーを取り巻く環境の抜本的な改善に取り組む国が増えており、ドイツでは2022年12月にブンデスリーガ各クラブが女子部門を持つことが義務化された。応じないクラブは罰金に加え、プロクラブライセンスの認可が下りないこともあるという。
ブンデスリーガクラブが女子部門を持つことで、ドイツの女子サッカーではどのような変化が見られているのだろう。マインツ女子チームの監督を務める山下喬は語る。
「ポジティブな効果は間違いなくあります。これまでブンデス女子1部でも完全プロというのはバイエルン・ミュンヘン、ヴォルフスブルクら少数でしたが、今後は確実に増えていくと思います。その1つの例がウニオン・ベルリン。めちゃくちゃ力を入れてますね。昨シーズンまだ3部だったんですが、ほぼプロ契約でやっていました。2部に昇格して1年目ですが、そこでもしっかりと上位争いをしています」
プロクラブ女子部門の予算は250~350万ユーロ(約4~6億円)、トップクラブだと500~600万ユーロ(約8億~10億円)を超えるという。2007-08シーズンにフランクフルトが100万ユーロ(約1億6000万円)を初めて突破してメディアに報じられたことから考えると、飛躍的なアップだ。
クラブへの当事者意識が強いドイツでは、自分が愛するクラブのチームだからと当たり前に応援に出かけるファンも少なくはない。前述のウニオンは2部所属ながらカップ戦で8000人以上動員するなど、ファンからの力強いサポートを受けている。
会員数が桁違いのボルシア・ドルトムントやバイエルンといったクラブでは、女子チームやほかのスポーツチームの試合がある時にも、公式SNSで盛んに情報を流し、ファンの流れを作り出そうと精力的に動いている。バイエルンでは本拠地アリアンツ・アレーナで開催される女子CLで数万人の動員を何度も記録。ポテンシャルは間違いなくある。

女子サッカーの選手も観客も「びっくりするくらいフェア」
とはいえ、女子サッカーは安泰と言えるほど簡単な話ではないのも確かだ。女子ブンデスリーガ1部の平均観客数は今季第12節が終わった段階で1位がヴォルフスブルクの5347人、2位がバイエルンの5193人。ホッフェンハイム、ライプツィヒ、イェーナの3クラブは1000人にも満たない。山下もそこに同意する。
「女子サッカー全体で見れば、『以前に比べて良くなってきている』というところだと思います。女子CLで物凄いことになっているというのは確かにありますが、あれは本当に一部なんです。僕も含めて女子サッカーを盛り上げたいっていう気持ちはあるんですけど、まだまだ動いているお金の量が違いすぎるというのは事実としてあると思います。あと女子サッカーファンを増やそうと思ったら、男子と同じようにサッカーで見せるっていうのは難しいかもしれないとも思います」
サッカーが生活に浸透し、クラブへのつながりが深くあるドイツでも、そう簡単にはいかないのが現実だ。それだけに女子サッカーの特徴を深く理解し、そこをどのようにアピールしていくかが鍵になるはずと、山下は話す。
「フェアだということ。選手も観客もフェアだと感じています。男子のサッカーだったら文句が飛び交ったり、小競り合いが生まれそうなシーンでもそんな荒れた感じにはならない。3部から2部への昇格プレーオフで2000人以上のお客さんが来てくれたんですけど、昇格を懸けた大事な試合でもびっくりするくらいフェアなんですよ。爽やかな感じがすごくします。
だから男子サッカーを常日頃から見ている人が、サッカーに求める激しさやガツガツ感を女子サッカーに求めるのは違うと思うんです。何か違う部分で勝負しなきゃいけない。クリーンでフェアなところをもっともっと前面に押し出したり、あとはアメリカみたいに興業として上手くエンターテイメントの要素を入れて、イベントにするというのも必要かもしれません」
女子選手たちの身体的成長に合わせて考える「ボールの重さ」「ゴールの大きさ」
女子サッカーならではの魅力をより分かりやすくしていくためには、ピッチサイズや人数、あるいはボールの変更も含めて、新しいルールを作るぐらい革命的なチャレンジがあってもいいのかもしれない。
「ボールの重さを変えるのはありかもしれないですね。彼女たちの身体的成長に合わせて、育成年代から男子より少し軽めのボールでサッカーをしたほうが負担は少なく蹴れますし、そうすることで『技術でボールって飛ぶんだよ』という感覚を養わせることができると思うんです。
あと、すぐには無理だと思いますがゴールの大きさ。女子サッカーでは男子サッカーと比べて、高めのコースに打てば入ってしまう時が結構あるんです。下部リーグや育成年代になると、そのあたりは顕著です。ここには『技術や戦術では補えない身長の高さ』という問題があります。その意味で、彼女たちの身体能力に合った新たなゴールサイズの考案もいいなと思っています。ピッチサイズは変えなくても大丈夫かな。走り続ける体力はありますし、スペースでの駆け引きなどが増えてくるように、今のサイズでいいのではないかと思います」
ドイツをはじめ欧州では、育成年代から年代別に細かい試合環境の整理が進んでおり、それぞれの年代に応じて適切なピッチサイズ・人数・時間でサッカーをすることが当たり前の考えとなっている。男子と女子の成長スピードやスポーツとの関わり方には違いもあり、その点に適応した取り組みは今後ますます議論されるテーマとなるだろう。
※第3回へ続く
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中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。