元日本代表10番が訴えた「ベテランに厳しい」 全盛期から一転…Jで味わう苦境【コラム】
![C大阪・香川真司【写真:Getty Images】](https://www.football-zone.net/wp-content/uploads/2025/02/12174156/20250212_kagawa_getty.jpg)
新シーズンへ元日本代表の大ベテラン・香川真司が秘める思い
2月14日のガンバ大阪対セレッソ大阪の「大阪ダービー」で開幕する2025年Jリーグ。昨季はパナソニックスタジアム吹田で0-1の敗戦を喫したC大阪にしてみれば、この一戦だけは絶対に負けられない。
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「勝ち点3を取りたいし、ただの1試合ではないと理解しているので、そういう重圧を感じる必要がある」と語気を強めたのが、3月に36歳になる元日本代表の大ベテラン・香川真司だ。
彼自身としては、ドイツ時代のボルシア・ドルトムント対シャルケの「ルールダービー」に相当する大一番からスタートする新シーズンに、多少の難易度の高さを覚えている様子。しかしながら、ドルトムント時代の彼は「ダービー男」としてつねに異彩を放ち続けてきた。
あれから約10年が経過したが、20代の頃を彷彿させるような華々しいパフォーマンスで2025年をスタートさせられれば理想的。本人も強い覚悟で臨んでいくに違いない。
そうしなければいけない理由が香川にはある。というのも、「セレッソを優勝させる」と意気込んで古巣に戻ってきたものの、タイトルにほど遠い状態から抜け出せていないのだ。その責任を彼は強く感じている。
加えて言うと、復帰1年目だった2023年はボランチの主軸としてフル稼働できたが、2024年は怪我もあってまさかのJ1・10試合出場のみ。終盤10試合はベンチ外が続き、事実上の戦力外のような扱いを受けることになった。これは日本代表10番を含め、ハイレベルのキャリアを送ってきた男にとって屈辱以外の何物でもなかったはずだ。
「この1年を振り返った時に思うことは沢山あった。それはJクラブもそうだし、セレッソもそうだし、日本の課題なのかなと。ベテランに対する厳しい視線というのは欧州にもありましたけど、日本ではまだ難しいところがあるのかなと。僕らより上の世代がそういう(海外)経験をしていないぶん、価値観の共有が簡単ではないと思いました」
これは、香川が12月15日の松井大輔(Fリーグ理事長)の引退試合の際に語ったこと。Jリーグだけに限った話ではないが、どの指揮官も「ベテランには経験を還元してもらいたい」とは思っているものの、実際のところ伸び盛りの若手のほうが扱いやすい。特にチーム状態が難しくなってくると「先を考えて若い世代を積極的に使って流れを変えたい」と考える傾向が強くなる。結果として、ベテランの活躍の場が失われていくのだ。
そういう道のりを辿って退団を強いられ、下部リーグに新天地を求めることになったり、引退を決断するというケースも少なくない。香川も自身の立場に危機感を覚えただろうし、身の振り方を真剣に模索したのではないか。
それでも、セレッソに戻った以上、今一度、チームを強くする彼には責務がある。さまざまな戸惑いや葛藤に区切りをつけ、2025年を迎えることになった。セレッソもアーサー・パパス新監督を迎え、新たなチーム作りがスタート。全員がフラットな競争を求められる環境になり、香川自身も大いにモチベーションが高まったようだ。
「パパス監督になってガラリと雰囲気が変わってます。最初の1~2週間は普段以上に厳しい規律を求められたし、その意図を汲みながら周りとコミュニケーションを図っています。昨年は自分もああいう形で終わったけど、今は本当にモチベーション高くスタートできているし、充実したキャンプを送れている。『緊張感』とか『どれだけ厳しさを持ってやるか』というのはセレッソに欠けているキーワードだと思いますけど、僕はそれを監督にも話したし、意識を大きく変えていく1年にしたい。まだまだ道のりは長いですけどね」
ボランチのレギュラー争いで楽観できず…
香川本人は宮崎キャンプ中にギラギラ感を押し出していたが、やはり自分がセレッソでやるべきことは「世界基準の厳しさを植え付けること」だと強く自覚したに違いない。
ドルトムントやマンチェスター・ユナイテッドにいた頃の一瞬たりとも気を抜けないピリピリした空気感を作らなければ、セレッソがJ1制覇という大目標を達成することはできない。それを身を持って体現していく意味でも、2025年は非常に重要なシーズンになるのだ。
ただ、ボランチのレギュラー争いという意味では楽観できないところにいる。パパス監督はキャプテン候補の田中駿汰を主軸に据えていて、そこに誰を組み合わせるかを宮崎キャンプでは模索していた。
筆頭は24歳の生え抜き・喜田陽で、無尽蔵のスタミナを誇る奥埜博亮もいる。さらにはモンテディオ山形、いわきFCからそれぞれレンタルバックした松本凪生、大迫塁もいて、香川は彼らと先発を争っている状況。現時点では必ずしも開幕からピッチに立てるとは限らないのだ。
「技術的なものは大きな自信を持っているんで、あとは試合の中で監督のやるサッカーを実践し、プラス個性やキャラクターを出していくことですね。監督に言われたことだけをやっていても大きく成長できないだろうし、“プラスアルファ”を示すのが本物のプロ。そのプライドは持っているし、負ける気はない」と本人は最後の最後までスタメンを貪欲に狙っていく覚悟だ。そういう鼻息の荒い香川を見るのは久しぶりかもしれない。やはり彼が今のセレッソにもたらすものは非常に大きいのだ。
同期入団の柿谷曜一朗、2つ下の丸橋祐介がユニフォームを脱ぎ、長くセレッソでプレーした清武弘嗣も大分トリニータへ赴くなか、フィールドプレーヤー最年長の香川は身体が動く限り、走り続けるつもりだ。現代サッカーは年々、戦術色が強くなり、強度やハードワークを追求する方向へシフトしているが、彼は変化を恐れていない。
「僕は割と適応能力があると思ってるし、どういうサッカーでも受け入れられる。今季もどんどんチャレンジしたいですね」と目を輝かせた。実際、家長昭博(川崎フロンターレ)や乾貴士(清水エスパルス)のように30代後半で輝いている選手は確かにいる。香川も2025年は「やっぱりモノが違う」と多くの人に驚きを与えるようなパフォーマンスを見せ、セレッソ躍進の原動力になってほしいものである。
(元川悦子 / Etsuko Motokawa)
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元川悦子
もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。