J2降格危機に直面するチームの“傾向” 元日本代表の経験談「開幕前から予感していた」【インタビュー】
![柏時代の大津祐樹【写真:Getty Images】](https://www.football-zone.net/wp-content/uploads/2025/02/12171733/20250212_otsu_getty.jpg)
柏時代に降格を経験した大津祐樹氏「どうにもできなかった」
ついに、2025シーズンのJリーグが開幕を迎える。白熱した優勝争いに期待が寄せられる一方、同様に熾烈な戦いが予想されるのが、残留争いだ。どのチームも戦力補強、キャンプを経て、できる限りの準備を施して新シーズンに臨むわけだが、現役時代の2009年に柏レイソルで降格を味わった元日本代表MF大津祐樹氏は、降格の危機に直面するチームの傾向について、自身の経験則から見解を述べている。(取材・文=城福達也)
【PR】DAZNを半額で視聴可能な学生向け「ABEMA de DAZN 学割プラン」が新登場!
◇ ◇ ◇
大津氏は高校を卒業した2008年、柏に入団。加入2年目の2009年からチームの主力として台頭し、出場試合数も大幅に増加した一方、J2降格の憂き目にも遭った。当時のチームは序盤から苦戦を余儀なくされていたが、降格の可能性について「開幕前から予感していました。シンプルに、J1で戦うレベルになかった。正直、あの降格は妥当な結果だったと思う」と率直に振り返った。
しかし、夏にネルシーニョ監督が就任してからは、好転の兆しが差した。「チームが一気に引き締まった。選手に厳しさを叩き込んでくれた。(元横浜FM監督の)ポステコグルーと同様、僕にとってネルシーニョは最もキャリアに影響をもたらしてくれた指揮官だった」。それでも、J1で戦えるチームに再建するには、時間と戦力が足りなかった。
「ネルシーニョの前に率いていた高橋監督、石崎監督が悪かったわけではなく、あの時はどの監督がやっても、どうにもできなかったと思う。主力が相次いで負傷離脱し、シンプルにトップリーグで生き残るだけの総合力が足りなかった。ネルシーニョにも明確なビジョンがあった。でも、選手も揃っていないなか、たった半年弱でどうにかできる問題ではなかった」
3年ぶりの降格を喫し、苦境のシーズンを過ごしたが、大津自身にとっては収穫もあった。「厳しいチーム状況だったからこそ、僕には多くのチャンスを与えてもらえた。もし、19歳や20歳でマリノスに移籍しても、絶対に通用しなかった。一人前に育ててくれたのは、紛れもなくレイソルでした」と感謝の意を示した。そして、降格で学んだことも大きかったようだ。
「とにかく自分をアピールしたい、自分が活躍したい、だけではダメだということ。たとえ個々に力があったとしても、バラバラの状態でプレーしていても結果には結びつかないことを実感した。監督が何をやりたいのか、選手全員が理解し、同じ方向に向いていることが重要だと学んだ。ビジネスでも同じことが言える。社長が見据えている先を社員が認識していなければ、会社は大きくならない。サッカーを通じて学んだ組織論は、僕の最大の財産になった」
J2降格が“成功体験”に「自分たちの土台を築けた」
一方で、2009年における柏のJ2降格は、チームの大きな転換期となった。翌シーズンの2010年は、開幕から19戦無敗、年間の敗戦数もたったの「2」でリーグ敗戦数最少記録を樹立。圧倒的な成績で昇格を決め、2011年には勢いそのままにJ1でも快進撃を見せ、Jリーグ初となるJ1昇格1年目でのJ1初優勝を達成した。
結果的に降格の経験をポジティブに活用できたのではないかと尋ねると、「今思い返すと、そうかもしれない。J2で自分たちの土台を築くことができた。自信をもってJ1に向かえた」と、降格でチームが崩壊することなく、むしろ団結力が高まり、白星を重ねることで“勝利のメンタリティー”が根付いたと語る。
「J2での戦いが成功体験になったのは大きかった。J1に移っても、相手のレベルこそ変わったが、自分たちが変わることはなかった。どんな相手でも、自分たちのやるべきことは同じだと実感した。どこが相手だとか気にせず、自分たちのサッカーが体現できたかどうかに集中できていた。あとは正直、どんな相手よりもネルシーニョのほうが圧倒的に怖かったんで、怒られないために必死でした(笑)」
当時の柏を含め、優勝争いを演じるチームは「選手全員が『監督が何をやりたいのか』を深く理解している」とした一方で、うまく噛み合わずに残留争いに巻き込まれるチームは「選手たちが『監督が何をやりたいのか分からない』といった状況に陥りがち」と分析。「どんなサッカーで何を目指すのか、選手全員が認識するマネジメントが重要になってくる」と見解を述べた。
例年にわたって残留争いも最終節にもつれ込むほどの拮抗した戦いが繰り広げられているが、J1に生き残るチーム、J2に降格するチームの差は、チーム戦力の差以上に「共通認識の浸透」が鍵となるのかもしれない。
(城福達也 / Tatsuya Jofuku)
![](https://www.football-zone.net/wp-content/uploads/2024/11/08131720/otsu-pro.jpg)
大津祐樹
おおつ・ゆうき/1990年3月24日生まれ、茨城県出身。180センチ・73キロ。成立学園高―柏―ボルシアMG(ドイツ)―VVVフェンロ(オランダ)―柏―横浜FM―磐田。J1通算192試合13得点、J2通算60試合7得点。日本代表通算2試合0得点。フットサル仕込みのトリッキーな足技や華麗なプレーだけでなく、人間味あふれるキャラで愛されたアタッカー。2012年のロンドン五輪では初戦のスペイン戦で決勝ゴールを挙げるなど、チームのベスト4に大きく貢献した。23年シーズン限りで現役を引退し、大学生のキャリア支援・イベント開催・備品支援・社会人チームとの提携・留学などを行う株式会社「ASSIST」の代表取締役社長を務める。2024年から銀座の時計専門店株式会社コミットの取締役に就任。