プロの舞台で「地獄を味わった」 降格の恐怖と悔しさで…大学生が直訴「中0日で出れます」

東洋大学から新潟に進む稲村隼翔【写真:FOOTBALL ZONE編集部】
東洋大学から新潟に進む稲村隼翔【写真:FOOTBALL ZONE編集部】

大学在籍中にブレイク、東洋大CB稲村隼翔の充実感と恐怖

 昨年大ブレイクの時を迎えたアルビレックス新潟のレフティーCB(センターバック)稲村隼翔が、実質プロ2年目となるルーキーシーズンを迎えようとしている。

 2025シーズンから新潟へ正式加入となる稲村は東洋大学の選手だった昨年4月、J1第9節の京都サンガF.C.戦で特別指定選手としてベンチ入り。翌10節のFC東京戦で待望のプロデビューを果たすと、ここから一気にブレイクスルーの時を迎えた。

 左利きでサイズのあるCBというだけでも希少価値は高いが、彼のビルドアップ能力、一発で局面を変えるロングフィードやサイドチェンジの質の高さはずば抜けており、組み立てと連動を重視する新潟のサッカーにおいて、最適任な存在として頭角を現したことはある意味必然であった。

 徐々に出場時間を伸ばし、昨年6月に行われた第20節サンフレッチェ広島戦、続く北海道コンサドーレ札幌戦でスタメン出場。ルヴァンカップでは主軸CBとして快進撃を支え、名古屋グランパスとの決勝の舞台でもスタメンフル出場。カップ戦、リーグ終盤戦ではチームになくてはならない存在となった。

 大学サッカーとプロ。この2軸の生活は思った以上に苦しかった。

「最初はきついと感じながらも楽しめていたのですが、徐々にJリーグ終盤になっていくにつれて、緊迫感というか、一瞬たりとも気を抜けない状況になっていったことで、『生半可な気持ちじゃ無理だ』と感じるようになりました。ルヴァン決勝も勝てば天国、負けたら地獄の中でやって地獄を味わって、リーグ戦では1つでも落としたら降格がリアルに近づいてくる恐怖がありました。

 その中でも東洋として、僕の大学サッカーのラストとしてのインカレが近づいてきて……。生きるか死ぬかの世界が続いていて、本当に悩みましたし、切り替えが難しい時間でした。でも、自分の複雑な思いがプレーに出ないようにする心掛けはしていました」

 東洋大と新潟の勝利のために全力を尽くす。真摯な稲村らしい取り組みがあったからこそ、彼の名は大学でもプロの世界でも轟いた。その一方でどんどん責任感が増していき、それが自分自身を苦しめていった。

 失意のルヴァンカップ決勝を味わってから、「落ち込んでいる暇はなかった」とすぐに熾烈な残留争いが待つリーグ戦へと気持ちを切り替えたが、勝てば残留が決まるJ1第37節のガンバ大阪戦にスタメンフル出場するも敗戦。残留争いは最終節までもつれ込んだ。

 最終戦の前日にインカレの初戦が組み込まれ、この試合に東洋大が負ければ即大学サッカーが終了するという重要な試合になってしまった。

ルヴァンカップの決勝にもフル出場した【写真:徳原隆元】
ルヴァンカップの決勝にもフル出場した【写真:徳原隆元】

新潟が降格の危機に晒されるなか、大学サッカーに集中

「中0日で浦和レッズ戦に出られます」

 こう直訴したが、コンディション面を考えて、最終節は東洋大に帯同した状態で迎えることになった。

「ガンバ戦で残留を決められるチャンスがあったにもかかわらず、それができなかったので、その悔しさがずっとあってなかなか気持ちが切り替えられなかった。正直、夜も眠れない日もありました。自分で取り返したい、残留を決めたいという気持ちはかなり強かったのですが、インカレは本当に大事だし、中途半端なことはできない。苦しかったですが、僕は大学サッカーに集中し、アルビの皆を信じました」

 結果、東洋大も初戦を突破し、新潟も最終戦で引き分けてJ1残留を決めた。

「来年J2に落ちてしまったらどうしようとか、本当にいろいろ考えてしまいました。でも半ば強引に気持ちを切り替えてインカレに臨めたことで未来が切り開かれたというか、本当にいい意味でメンタルセットができて、精神的に大人になったと思います」

 メンタル面でもCBとしての自覚も一気に増した稲村は、インカレで気迫あふれる守備と質の高いビルドアップ、チャンスに直結するミドル・ロングパスを惜しげもなく披露し、格の違いを見せつけ、稲村が束ねた最終ラインに支えられたチームは一気に頂点まで駆け上った。

「1年に2回も全国決勝を戦える選手になれたことが本当に嬉しかった」

 大学チャンピオンの看板を提げて。稲村は実質的なプロ2年目のシーズンに向かってキャンプに挑んでいる。

「僕はもうルーキーじゃないと思っていますし、周りからも来季は出て当然、出られないと『あれ? 昨年はなんだったの?』と思われてしまうのは理解しています。昨年は活躍できたと言っても、『特別指定選手』という肩書きに助けられている部分があったので、その肩書きが完全になくなった今季はより覚悟と自覚を持ってやらないといけないという危機感は持っています。でも、それが凄く楽しみでもあります」

 そこには甘えや妥協は一切ない。より高い場所に目的を持つ稲村にとって、今季はより人間的なタフさが求められるステップアップの重要な局面になる。新潟を代表するCBから日本を代表するCBへ。希少価値の高い逸材が成長への階段をまっすぐに登っていく。

(FOOTBALL ZONE編集部)



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