森保監督の意図「成長してもらいたい」 発言から1年…鈴木彩艶も盤石ではない激戦区【コラム】
日本のGKは黄金時代が目の前にあるが、経験値はまだ積まなければいけない
1年前、2024年1月24日には森保一監督にこんなことを聞いた。(取材・文=森雅史)
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イラクに負けて迎えたアジアカップのグループリーグ第3戦、日本はメンバーを大きく変えて挑んだが、GKの鈴木彩艶はそのまま使い続けていた。
――あえて鈴木選手にそのままやらせたという意図は。
「第3戦でターンオーバーという形ではなく、前川黛也を起用するという選択肢もありました。(鈴木は)1戦目、2戦目、2失点して、本人にもプレッシャーがかかっていたと思いますけど、そのなかで、まだ彼は若いですし、これからいろんな経験を積んで大きく、さらに大きくなってもらうという部分、ある意味厳しいですけど、試練を与えて、その中でチームの勝利に貢献してもらって、また成長してもらいたいという思いはありました」
アジアカップでの鈴木は、初戦のベトナム戦でヘディングされたボールを弾いて失点につなげたり、イラク戦ではクリアが小さくなり先制点を許したりと、苦しいパフォーマンスが続いていた。
それから1年。鈴木はパルマ(イタリア)で押しも押されもしない選手として試合出場を続けている。鈴木の成長だけではない。2024年、鈴木の次に日本代表での出番が多かったのは前川黛也(神戸)。2年連続Jリーグを制している。
さらに大迫敬介(広島)はJリーグベストイレブンに輝いた。谷晃生(町田)はJリーグ最少失点チームのゴールを守っている。
だが、ほかにも日本代表候補のGKはいる。2022年カタールワールドカップのメンバーだったシュミット・ダニエル(名古屋)、2023年に招集された中村航輔(ポルティモネンセ/ポルトガル)、小島亨介(柏)も考えられる。
アジアカップでは途中で負傷してしまった野澤大志ブランドン(FC東京)、パリ五輪で実績を積んだ小久保玲央ブライアン(シント=トロイデン/ベルギー)らも控えている。
また、次回のワールドカップ開催国がアメリカ・カナダ・メキシコであることを考えると、MLSでプレーしている高丘陽平(バンクーバー/カナダ)も十分視野に入ってきていることだろう。
こう考えると、いつの間にか日本のGKは他のポジションに比べるとより激しいレースが繰り広げられることになっていた。かつて川口能活、楢崎正剛が正ポジションを争っていた時代よりも遙かに厳しい。
現在、日本代表では鈴木、大迫、谷が呼ばれ続けている。このうち、現状では鈴木の出場時間が一番長く、一歩リードしているのは間違いない。この1年の鈴木の成長を谷は「(イタリアで)自信を掴んだのが大きい」と分析する。大迫と谷は日本がワールドカップ出場を決めた後にチャンスが与えられ、そこでポジションを掴み取れるかということになりそうだ。
一方、鈴木で万全か、というと決してそうではない。確かにアジアカップのころに比べると、別人のような存在感を見せている。だが気になるのはホームのオーストラリア戦の失点場面だ。
後半13分の失点シーンは谷口彰悟(シント=トロイデン/ベルギー)のオウンゴールだった。これは鈴木の責ではない。しかし、なぜこの場面が生まれたのか。それはオーストラリアが鈴木にプレスをかけてきて、左足で蹴ったボールが相手にはね返されたのがきっかけだった。
厳しいことを言えば、まだそこまで慌てる場面でもなかった。しかし、そこでセンターサークルで相手がカットできるボールを蹴ってしまったことで、一気に押し返されてしまったのだ。もう少し落ち着いてよかっただろうし、蹴ったコースも含めてもっと経験が必要だということでもある。
また森保ジャパンのGKは足下の技術と正確なキックがより求められるようになった。GKがもっとパスの受け手になれれば、日本はさらに守備ラインからの組み立てがスムーズになり、ディフェンスからの縦パスもつけやすくなるはずだ。この点においては、鈴木、大迫、谷とそれぞれ苦手な部分がハッキリしている。足でのボールコントロールだけを考えると、まだ誰も朴一圭(横浜F・マリノス)には及んでいない。
つまり日本のGKは、黄金時代が目の前にあるものの、ポジション的にとても大切な「経験値」はまだ積まなければいけないのが現状と言えるのではないだろうか。
もっとも悲観的な状況ではない。鈴木のこの1年の変化を考えると来年にはいろいろな選手が劇的な変化を遂げている可能性もある。2010年南アフリカワールドカップの直前、川島永嗣(磐田)が急に台頭したように。そして川島はそのままワールドカップ3大会でゴールを守った。チャンスを与えられた選手が急に実力を発揮することもあるのだ。さらに日本のGK層も厚くなるはずだ。
1月23日に発表されたJ1チームの選手名鑑にフィールドプレーヤーは543人、GKは79人登録されている。J1全20チームでフィールドプレーヤーのポジションは200、GKのポジションは20と考えると、単純計算ではGKの競争率はフィールドプレーヤーより1.5倍高いことになる。
この競争と、各チームのGKコーチが現在のトレンドを学び、工夫し、取り入れてきたことが日本のGKのレベルを押し上げてきた。GK不足は今や過去の話。今問われているのは、GKを正しく評価できるかという、見るほうの視点なのだ。
(森雅史 / Masafumi Mori)
森 雅史
もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。