なぜ名将も“最強バルサ的サッカー”を再現できない? 致命的欠点…まるで精進料理【コラム】
今季苦戦…マンCに代表される「ポジショナルプレー」の優位性が減退
UEFAチャンピオンズリーグ(CL)はリーグフェーズ第7節まで消化。残り1節となった時点で、ノックアウトステージにストレートインする1~8位には順当な顔触れが並んでいる。当初は伏兵的なチームが上位にきていたが、ここまでくるとほぼ波乱はない状態。マンチェスター・シティがプレーオフ圏内の9~24位にすら入れていないのは意外だが、これも最終節に勝てば滑り込める可能性は残している。
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唯一、7戦全勝がリバプール。プレミアリーグでも首位を走っていて、今季ここまでのベストチームである。
今季からアルネ・スロット監督が指揮を執るリバプールは、ユルゲン・クロップ前監督の残したチームにプラスアルファを加えてスムーズに軌道に乗せた。スロット監督が導入した戦術的な秩序によって、よりポテンシャルを発揮できるようになっているが、強さの源はこれまで培ってきたベースだと思う。スピード、パワー、ハードワークだ。
クロップ前監督時代のサッカーは「ストーミング」と呼ばれていた。ライバルのシティに代表される「ポジショナルプレー」に対比される強度重視のプレースタイルである。
ポジショナルプレーの優位性が減退している。パスワークのナビゲーションシステムとしてポジショナルプレーは優れた仕組みであり、それ自体が劣化したわけではないが、その仕組みが普及した結果として対抗措置も広まり、かつての優位性がなくなっている。
もともとポジショナルプレーの優位性(位置的優位、数的優位、質的優位)のうち、質的優位を除く2つは机上に存在しているだけのものだった。簡単に言えば守備側にマンツーマンで対応されたら2つの優位性はなくなる。残りの質で守備側に優位性があれば、ポジショナルプレーの優位性はゼロになるわけだ。
あえて言うなら、位置的優位と数的優位というギミックが相手のハードワークに消され、結局のところ質を問われているのが現在の状態なのだろう。
ペップが再現しようとしたバルサのサッカー、欠けている大事な要素とは?
ポジショナルプレーの普及はバイエルンの練習場を写した航空写真から始まったと言われている。いわゆる「5レーン」によって急速に理解されていった。これはペップ・グアルディオラ監督がFCバルセロナのサッカーをバイエルンで再現するために引いた補助線だ。ただ、バイエルンと続くシティにおいて、ペップはバルセロナのサッカーを本当のところ再現できていない。どちらも素晴らしいチームだが、かつてのバルセロナとは似て非なるものと言っていいと思う。
シャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタ、セルヒオ・ブスケツ、リオネル・メッシの下部組織出身者を軸としたパスワークは、その後のポジショナルプレーとはパスワークの距離も違えば、プレーの芯にある感覚も違っていた。彼らなしでバルセロナ的なサッカーを実現するために作った型が5レーンでありポジショナルプレーであり、いわば違う材料で作られた精進料理みたいな仕上がりだろうか。
かつてのバルセロナにあってポジショナルプレーにないのは、「間」であり相手のスピード、パワー、ハードワークを利用して解体に追い込む発想である。この最も大事な要素なしに再現は無理であり、強引に型に押し込めてプレーを自動化させた結果、スピード、パワー、ハードワークという相手の土俵での競争になってしまった。
体力的に優れた相手をどう攻略すべきか。もう一度、この原点に立ち返らない限り、より強力なスピード、パワー、ハードワークに呑まれていく状態はしばらく続くのではないかと思われる。
西部謙司
にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。