ブライトンで一世風靡、1年9か月ぶり“再就職”…英国人監督に期待させる手腕【現地発コラム】

ウェストハムの新監督に就任したグレアム・ポッター【写真:ロイター】
ウェストハムの新監督に就任したグレアム・ポッター【写真:ロイター】

ウェストハムの1部残留へポッター新監督就任

 ウェストハムの新監督、グレアム・ポッターの使命とは? まずは、残留争いの泥沼を避けることだろう。前監督のフレン・ロペテギが解雇された1月8日、チームはプレミアリーグで2連敗中の14位となっていた。その翌日に就任が発表されたポッターの契約には、今季終了時点での解約を可能にする条項があるとされることからも、サバイバルが先決と思われる。無事にプレミアで続投となれば、残る2年間の契約期間で戦力の入れ替えとスタイルの変更を推し進めることなる。

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 つまり、今回の監督人事はポッター自身も言っているように「適任」と考えて差し支えはない。いずれも、プレミアで評価を高めたブライトン時代に成し遂げている任務なのだ。2019年からの3年間を通じ、残留と引き換えにポゼッションを捨てていたチームで、ボールを持って攻める上位候補としての土台を築いている。

 となれば、続くチェルシーを一昨年4月に追われて以来、慎重に再就職先を物色してきた当人が、初会見の席で1度ならず2度までも、ウェストハムでの現場復帰を「クリスマス」に例えた心境も理解できる。まだ就任2日目だったFAカップ3回戦では、敵地でアストン・ビラに敗れたものの(1-2)、その4日後のプレミア第21節フルハム戦では、新体制下でのホーム初戦を初白星(3-2)で飾ることに成功してもいる。

 だが、ロンドン・スタジアムでの連戦となった、1月18日の第22節クリスタル・パレス戦で黒星(0-2)を喫したあとには、「ブラック・マンデー」が訪れたような気分だったかもしれない。1987年の株価大暴落さながら、前節で高揚感が芽生えたかに思われたチームのパフォーマンスとファンのムードは、一気に低下することになった。

 当日の試合会場では、両軍無得点で突入したハーフタイムを最後に、座席に戻らなかったホーム観衆がいたように見受けられた。1点のビハインドで後半残り15分となる頃には、メインスタンド上段にある記者席の周りでも帰り始める観客の姿。退場者を出し、追加点を奪われての試合終了時には、ウェストハム・ファンによるブーイングが起こった。

攻撃に好材料も守備の改善は急務

 試合後のネット上には、今季リーグ戦10敗目を「最低の出来」と評するファンの声が多かった。前体制下では5失点大敗もあったが、それはリバプールとアーセナルという、今季優勝候補とのアウェーゲームでの結末。ホームでは、第5節チェルシー戦(0-3)以来の不甲斐ない結果だったと言える。

 加えて、ウェストハムのサポーターにすれば、今回のロンドンダービーは、より見所が乏しかったに違いない。チェルシーとのダービーでは、計12本のシュートを放ち、前半のうちに1-2と詰め寄れたはずのチャンスもあった。それが新体制下でのパレス戦は、わずか4本のシュートが全て枠外という内容だ。

 ファンの多くは、クラブに58年ぶりの欧州タイトルをもたらした監督だったにもかかわらず、デイビッド・モイーズ(現エバートン監督)の昨季限りを望んだ人々だ。一昨年のヨーロッパ・カンファレンスリーグ優勝による歓喜の記憶をもってしても、昨季のポゼッションが20チーム中ワースト4の41%程度という、守備的スタイルへの幻滅を打ち消すことはできなかった。

 ロペテギ経由でチームを受け継いだポッターは、「人々が興奮と誇りを覚えるチーム」を作らんとする初心を語っている監督だ。ただし、真っ先に取り組むべきは守備の改善。降格回避への問題としては、消化済みのリーグ戦22試合で平均「1.23」の得点数以上に、平均「1.95」という失点ペースが気に掛かる。

 チームの前線に関しては、主要得点源であり、唯一と言えなくもないスピードの持ち主でもあるジャロッド・ボーウェンが、負傷(中足骨骨折)当初の予想よりも早い2月頭には復帰する可能性が浮上している。新ウインガーのクリセンシオ・サマーフィルの怪我(ハムストリング)も、心配されたほど重症ではないと見られる。3年前の移籍以来、堅守優先のチームにはもったいないとも思えたルーカス・パケタは、表現は悪いが、今回の監督交代を機にやる気を取り戻したように見える。

 昨季末には、八百長疑惑でFA(イングランドサッカー協会)による処分の対象とされ(今夏に審尋予定)、今季開幕後にはロペテギとの確執が生じたブラジル人FWは、パレス戦での早期交代が意外に思えたほどの蘇生ぶり。3-4-2-1システムの2シャドーの一角で、攻守に精力的だったからだ。ポッターの下で2試合連続となるゴールを決めたフルハム戦では、4-2-3-1での「偽9番」起用に、ハードワークを含むチーム内最高のパフォーマンスで応えていた。

 反面、チームの守備に関してプラス要素を挙げることは難しい。勝利を収めたフルハム戦にしても、効率良くチャンスをものにして前半は2-0、後半にも3-1と2点差をつけておきながら、2度とも1点差に詰め寄られている。

 ウェストハムで初勝利後のポッターは、コンスタンティノス・マブロパノスの守備を「よりアグレッシブにやってくれていた」と評価していた。だが、見方を変えればリスキーなタックルは、判断力に問題のあるCBの難点。続くパレス戦では、フィジカルとスピードを併せ持つCFジャン=フィリップ・マテタを相手に苦戦を強いられ、イエロー2枚で退場処分となってしまった。

 その第22節まで、リーグ戦12試合でCBコンビを組んでいるマキシミリアン・キルマンは、マテタがパレスにもたらした2得点に、ただ後退するだけに終わった対応と、PKに至る相手カウンターのきっかけとなるボールロストで絡んでいる。既存CB陣で最も「堅い」と言えるジャン=クレール・トディボは、少なくとも2月末まで負傷欠場(足首)が続く。昨夏の段階で翌年の補強予算に手をつけているクラブにとって、最も現実的なCBの代替策は、ポッターが自身の初陣で先発起用しているアカデミー出身の19歳、オリバー・スカールズとなる。

柔軟性にある采配もチームに安定性をもたらせない恐れが【写真:ロイター】
柔軟性にある采配もチームに安定性をもたらせない恐れが【写真:ロイター】

繰り返されようとしているチェルシー時代の問題点

 そこで、新監督が避けるべきは、守備ユニットとしての困惑を深め、個人レベルでの自信低下を招きかねないシステム変更の繰り返しだ。それが、前体制が7か月間で終わった理由の1つでもある。組織的な守りができず、簡単にチャンスを作られるウェストハムの弱点は、開幕節アストン・ビラ戦(1-2)から変わらないままだった。そのなかで、前任のモイーズとは対照的なスタイルを信条とするロペテギには、持ち駒の特性にそぐわない起用も見られた。

 前述のチェルシー戦は、その一例でもある。開幕4戦での4バックからシステムを変えたウェストハムでは、3バックの中央でエドソン・アルバレスが相手1トップの注視を命じられていた。そもそも機動力で知られてはいない長身のボランチに、スピードのあるニコラス・ジャクソンのマンマークは厳しく、1時間足らずでベンチに下がる前に2ゴール1アシストをこなされた。

 この問題点は、同じく約7か月間で終わった、チェルシーでのポッター体制にも共通だ。先発イレブンが並んだ陣形は、3-4-3、3-5-2、4-2-3-1、4-3-3、4-1-2-1-2、4-4-2の6種類を数えた。主力の故障と、オーナー主導の補強による若手新戦力の加入が相次ぐなか、ポッターがピッチに送り出すチームには、明確なスタイルはもとより、集団としての機能自体が見られなくなっていった。

 ポッター率いるウェストハムは、先のパレス戦に3-4-2-1の陣形で臨んでいた。システム上も相手との完全マッチアップを図った格好だが、功を奏したとは言えず、後半の3枚替えを境に前節と同じ4バックに戻されている。システムの柔軟性はポッターの長所でもあるが、後方に安定性を欠くチームでのやり過ぎは禁物だ。

 現場復帰に際し、「少しばかり賢くなっているんでね」と主張していたポッターは、「何事もバランスが大切。安定した土台がなければ、攻撃的スタイルも何も始まらない」と述べてもいる。

 サポーターの心に響く発言ではなかっただろう。彼らは、モイーズよりも「今風」な監督としての期待をポッターに寄せている。だが、前監督のロペテギが失敗したスタイル変更に臨む新監督にまず寄せるべきは、前回就任時の自分よりも「賢明」な監督としてのポッターに対する期待だ。

(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)



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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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