日本とリーグレベル同等も…「良いレフェリー出てくる」 審判が育つ欧州の環境は「羨ましい」【インタビュー】

審判委員長の扇谷健司氏が海外と日本の差について話した【写真:森 雅史】
審判委員長の扇谷健司氏が海外と日本の差について話した【写真:森 雅史】

扇谷健司JFA審判委員長に訊いた海外と日本のレフェリーレベルの差

 2024年、日本サッカー協会(JFA)は審判交流プログラムとしてアメリカ、イングランド、ドイツ、ポーランド、メキシコ、カタールから審判を招聘し、Jリーグで笛を吹いてもらった。その中で海外主審の基準やテクニックを学ぶとともにJリーグの特徴を知ってもらっている。さまざまな国のレフェリーと交流することで、海外と日本の差はどこにあると感じたのか。扇谷健司JFA審判委員長に話を聞いた。(取材・文=森 雅史/全3回の3回目)

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   ◇   ◇   ◇   

——2024年も審判の海外交流プログラムが盛んに行われました。

「6か国からレフェリーたちが来てくれました。まず何が良かったかっていうと、彼らが手を抜かずにやってくれたということです。本当に一生懸命にやってくれて、試合後に『今日の試合以上に、次はもっとベストを尽くすから』と言ってくれるんですよ。そういう人間性も勉強になりました。また来年もそういうレフェリーに来てほしいと思っています」

——海外のレフェリーもJリーグの特徴に驚く場面がありました。例えばJリーグはクイックリスタートが多いと言うことなどです。

「日本のレフェリーも負けていないところはたくさんあります。ただ、学べるところも多かったですね。ポーランドから来たダミアン・シルヴェストジャク主審は32歳ですよ。彼はUEFAヨーロッパリーグで笛を吹いた実績もあります。

その年齢でヨーロッパのトップコンペティションを担当するんです。日本としてもどうやって若いレフェリーを育てていくか考えているところです。そういうところは見習うべきです。2022年カタール・ワールドカップを担当したアメリカのエルファス・イスマイル主審、同大会の準決勝フランス対モロッコで笛を吹いたメキシコのセサル・ラモス主審らは彼らにしかない存在感がありました。

日本でも木村博之主審や勇退しましたが西村雄一主審などは同じような存在感があると思いますが、交流プログラムで来日する主審からはまた違ったものを感じます」

——ヨーロッパの審判を何でも見上げる風潮はよくないと思います。

「それはどこの国も一緒だと思いますよ(笑)。結局、レフェリーたちへの評価は自国の人が一番厳しいんですよ。プレミアリーグを担当している審判たちも『イングランド人は自分たちに対して一番厳しい』と言いますから。言葉も通じるし民族としても一緒だし、過去のことも知っているから色んな思いがあるのでしょうね」

——海外交流プログラムで来たレフェリーたちから一番学んだところは何ですか?

「やっぱり姿勢でしょうね。もちろん判定の正確さや動きなどもありますが、オフ・ザ・ピッチのレフェリーとしての振る舞いというのは学びました。例えばリカバリーで筋トレをしっかりやるなど、プロフェッショナルとしての部分は感じました。

一緒に食事をしたりほんの少しのプライベートを一緒に過ごしたりした時、彼らの行動を見ていてやっぱりちゃんとしています。もちろん日本人のレフェリーも非常にしっかりしているのは間違いないのですが、改めてレフェリーは何が大切なのか考えさせられました。

もちろん技術も大事です。ですがやっぱり『人』という部分、パーソナリティーがピッチ上に現れるのだということをすごく考えさせられますね」

若いうちから経験を積むことができる欧州の環境は「恵まれている」

――日本の審判を取り巻く環境にも変化が必要ではないでしょうか。例えばスペインの審判は日本のプロフェッショナル・レフェリーの4、5倍の年俸ですし、全員がプロです。対して日本はまだプロになっていない審判もいて、彼らは休みを調整しながら試合を担当しなければなりません。これで人材を確保するのは難しいのではないでしょうか。

「日本でもプロフェッショナル・レフェリーは少しずつ増えてきました。Jリーグの理解もあって審判の環境も、僕は少しずつ変わってきていると思います。もっとも、1、2年で劇的に変わるということではなく、もう少し長いスパンで変わっていくでしょう。それに人数を増やせばそれでいいというわけではなくて、どうやって質を確保していくかということが重要だと思います」

――ヨーロッパのレフェリーのほうが質は高いと言われますが、どう思いますか。

「『ヨーロッパ』と一括りにしたら絶対日本の方が高いと思いますよ(笑)。ただ、ヨーロッパのほうが環境に恵まれているのは間違いありません。他国にも行きやすいし、若いうちからどんどん経験を積むことができるのは事実です。

ですからEUROを見てもいろんな国にいいレフェリーがいますよね。僕が好きだったジュネイト・チャクル主審もトルコの素晴らしいレフェリーでした。ほかにもポーランドなどは国内リーグのレベルから言えば日本と変わらないかもしれませんが、必ず良いレフェリーが出てきます。

イングランドやドイツも意図的に海外に行って大会を担当したりして経験を積んでいますし、そういう意味では羨ましい面があります」

——扇谷委員長は昨年ヨーロッパ視察に行きましたよね。

「僕が行ったのは、ドイツのブンデスリーガの開幕前研修ですね。ドイツ代表が合宿を行うアディダス・ホームグラウンドで開催されたシーズン前の5日間の日程のセミナーでした。

外部から隔離された集中した環境で、しっかり事前にトレーニングもやりながら、シーズンに向けた準備、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)のセミナーなど、いろんなことをやっていました。ブンデスリーガのレフェリーの中には有名な主審も何人もいて、彼らもこうやってグループとしてしっかりやっているというのを見ることができました。

その時若い審判員も一緒に連れて行ったのですが、早いうちにこういうことを経験させるのは非常に大事だと思いましたし、ドイツとの関わり合いが持てたのは本当に良かったと思います」

「J1を担当するレフェリーは全員プロであることが必要」

——日本のレフェリーは海外経験をどうやって積めばいいのでしょうか。

「今は工夫をしながらやっていかなければいけないと思います。レフェリーをサウジアラビアで開催されたセミナーに参加させたり、若いレフェリーはインドネシアのリーグに行かせたりということもやっています。

あとは北中米カリブ海サッカー連盟(CONCACAF)や南米サッカー連盟(CONMEBOL)の大会で笛を吹かせてあげたいと思っています。トップリーグとは思っていません。アンダーカテゴリーでいいんです。

昨年、アメリカのダラスで3月20日から27日まで開催されたダラスカップに1級審判員を派遣したのはとても良かったと思います。ダラスカップはU-13からU-19までの各カテゴリーの様々なチームが参加します。そこにはCONCACAFのチームも来て試合をするのですが、英語は通じません。

それにメキシコのチームは、「サッカーに関しては日本より自分たちのほうが上だ」と思っているんです。そういう両チームをどうやって捌いていくか。1試合やりきるだけでも本当に大変だったと思うのですが、こういう機会を少しずつでも増やしたいと思っています」

——トップリーグを担当するレフェリーは全員プロになるという目標があります。

「はい、そうしたいですね。今の目標です。Jリーグが世界のトップ10のリーグを目指しているのであれば、そこは当然全員がプロというレフェリーがいなければいけないと思います。

逆に言えば、Jリーグが世界のトップ3ぐらいのリーグになって、多くの選手がJリーグにやって来て、それでさらにレベルが上がっていくと思います。ですからトップリーグ担当のレフェリーを全員プロにするというメッセージを若手の審判は受け取ってくれたと思います。

僕は現役審判員に『審判は自分たちのために笛を吹くのではなく、日本サッカーのためにやるんだ』と言い続けています。日本サッカーを良くするために何が必要かというと、今はせめてJ1を担当するレフェリーは全員プロであることが必要だと思っています」

(森雅史 / Masafumi Mori)



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森 雅史

もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。

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