「J3レベルではない」逸材ピッチで号泣…“右利きの名波浩”が悔恨、昇格叶わず悲劇の幕引き【コラム】

キャプテンマークを巻く菊井悠介(写真は2023年)【写真:Getty Images】
キャプテンマークを巻く菊井悠介(写真は2023年)【写真:Getty Images】

J2昇格プレーオフの決勝で富山に敗れて昇格を逃した松本山雅

 松本山雅FCは2021年以来のJ2復帰へあと一歩と迫っていた。2010年代に日本サッカー協会技術委員長を務めた霜田正浩監督が就任して2年目となった今季はJ1経験豊富なMF山本康裕、DF高橋祥平らベテランを獲得。指揮官のレノファ山口FC時代の秘蔵っ子であるFW高井和馬、昨季J3で2桁ゴールをマークしたFW浅川隼人、FW安藤翼らを補強し、戦力的にはJ3随一と見られていたが、序盤から攻守のベストバランスを見出せず、中位をウロウロする展開を強いられた。

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 ギリギリのところまで追い込まれた10月26日のY.S.C.C.横浜戦から、それまでの4-3-3から3-4-2-1へと布陣を変更。守備的な戦い方にシフトしたことでチーム状態が改善し、終盤の5連勝でなんとか4位を確保し、今季からスタートしたJ2昇格プレーオフの出場権を得た。

 福島ユナイテッドを本拠地・サンプロアルウィンに迎えた12月1日の準決勝に1-1で引き分けて進んだ7日の決勝。今度はリーグ3位だったカターレ富山のホームである富山県総合運動公園陸上競技場に乗り込んだ。MF安永玲央とMF樋口大輝が前半のうちにゴールを決めて2点を先行。最高の流れで後半に突入したが、昨季も3位で涙を飲んだ富山はしぶとかった。ラスト10分を切ったところで左クロスから地元・富山第一高出身のFW碓井聖生に巧みなヘディング弾を決められて1点差に詰め寄られた。

 ここで松本山雅は1点を守り切る戦いへと完全にスイッチする。“クローザー”のベテラン橋内優也ら守備要員を投入し、ゴール前に人数を割いたが、後半アディショナルタイムにまさかの出来事が……。またもクロスから碓井に打点の高いヘッドをお見舞いされた。橋内とGK大内一生が反応したものの、止めきれずにゴールが決まってしまったのだ。

 結局、2-2でタイムアップの笛が鳴り響き、勝利が絶対条件だった松本山雅のJ2復帰に夢は潰えた。キャプテンマークを巻いて今季32試合に出場し、6ゴールと奮闘したMF菊井悠介もピッチに倒れ込んで号泣。失意のどん底を味わったのだ。

「『日本代表になる』って大口を叩いているんで、違いを見せないと」

「試合が終わったあとに感じたのは、もっと自分がやれればなっていうところですね。チームに対して、味方に対してこう思うってことは1ミリも出てこなかった。フットボールプレーヤーとして自分が納得するまでやらなきゃいけないし、今日の90分のプレーは全然納得いくものじゃなかった。自分はずっと『日本代表になる』って大口を叩いているんで、こういう舞台で圧倒的な違いを見せる選手になっていかないといけない。本当に実力不足だなと思います」

 背番号10は神妙な面持ちで言葉を絞り出した。2022年に流通経済大から加入して以来、彼は松本山雅のキーマンと位置づけられてきた。当時の名波浩監督(現日本代表コーチ)は大卒ルーキーだった彼に攻撃のタクトを任せ、32試合に出場した。ゴール数こそ2点にとどまったものの、ある意味「右利きの名波浩」といったイメージで彼は中盤で自在に動き、数多くのチャンスを作った。

 だからこそ、霜田監督が就任した2023年からはリーダー格と位置づけられたのだろう。2023年は副キャプテン、そして今季はキャプテンに就任。背番号も「10」番となり、名実ともに松本山雅の看板となった。今夏にガンバ大阪からレンタルで赴いたMF中村仁郎も「山雅に来て一番うまい選手だと思ったのが菊井君」と絶賛し「J3でプレーするレベルの選手ではない」という評価も多くの関係者から聞かれた。

 安永玲央の父・聡太郎(解説者)も今季、松本山雅が苦しんでいた時期にSNSで「チームで一番点を取れるのが菊井君だから、彼にもっとゴールを取らせる形を作らなければいけない」と発信していたほど。だからこそ、彼は自らの力でJ2昇格への道を切り拓かなければならなかったのだ。

「僕はフットボールっていうのは『実力9割、運1割』だと思っていて、その運が今日はなかったと思います」。本人は“富山の悲劇”のショックを全身で表現していたが、ここで足を止めるわけにはいかない。母親同士がいとこの親戚・守田英正(スポルティング)にも「ヒデ君に追いつく」とストレートに言ったというから、高い領域を目指して一目散に駆け上がっていくしかない。となれば、来季も松本山雅に残留する可能性は低いが、仮に残留した時には突き抜けた存在になるしかない。

 いずれにしても、才能ある男・菊井は松本山雅不遇の時代を思い切り味わうことになった。改めて近年を振り返ってみると、反町康治監督(現清水GM)が率いたラストイヤーの2019年はJ1にいた。8年間の反町監督時代は2度のJ1昇格を達成。J2でもほとんど上位にいて、常に昇格争いをするという、いい時代だった。

2019年に27億1100万円あった売上高は2023年には14億5600万円へと減少

 ところが、長期政権が終焉を迎えたあとは必ずと言っていいほど、歪みが起きる。コロナ禍の2020年は布啓一郎監督が就任。パリ五輪代表の羽田憲司コーチも参謀として加わったが、「選手を育てながら勝つ」という難題に取り組んでいる真っ只中で9月に解任され、長く松本山雅でコーチや編成部長を務めた柴田峡監督があとを引き継いだ。が、柴田体制も長く続かず、2021年6月に解任となり、名波監督が就任したが、流れを引き戻せないままJ2最下位に沈んでJ3に降格となった。

 そこからの3年間は菊井が過ごした紆余曲折の時間でもある。クラブが「名波・霜田体制」を選択したということは、反町時代とは異なるボール支配力のある攻撃的チームを目指したということだ。実際、霜田体制の2年間は間違いなく得点力アップという成果が見られた一方で、失点はなかなか減らなかった。先制しても追いつかれたり、逆転されたりするケースが何度も見られ、勝ち点を伸ばし切れなかった。毎年のように「J2昇格候補筆頭」と目されながらも2位以内に入れず、ここまで来てしまった。

 その期間の戦い方と収穫、課題をしっかりと検証し、今後の方向性を明確にしなければ、J3を脱出するのは難しくなる。監督、選手の去就もあるが、J3での4年目となる来季をどう戦うのか。それをクラブはいち早く打ち出していくべきだろう。

 ここ5年間でクラブの経営規模も下降線を辿り、2019年に27億1100万円あった売上高は、2023年には14億5600万円へと減少してしまった。そうなると補強に投じられる資金も減る。J3に長くいればいるほどスポンサーが離れる可能性も否定できず、この正念場をどう踏みとどまるかが肝要だ。今年4月に就任した小沢修一新社長の下で、今一度、結束していかなければ、明るい未来は見えてこない。そこは地元出身者として改めて強調しておきたい点だ。

 今後については不安もあるが、日本屈指の熱狂的なサポーターの存在を力にして、前へ進んでいくしかない。できることなら菊井にはチームに残ってほしいが、彼が去ったとしても違ったスターが出てくればいい。今季の悔しさを味わった浅川や安永らには山雅の歴史を変えるべく、飛躍を遂げてほしいものである。

(元川悦子 / Etsuko Motokawa)



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元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

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