イングランド英雄の監督人生“ラストチャンス” 日本人MF起用にも影響…“疑問”払拭への挑戦【現地発コラム】
ランパードがコベントリーで監督キャリアの再出発
ラストチャンス――この言葉が真っ先に頭をよぎった。去る11月28日、コベントリーでのフランク・ランパード監督就任の報道を聞いた際のことだ。
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キャリア7年目の46歳と、まだ「これから」の監督ではある。だが、2年半契約で臨む通算5度目の挑戦が不成功に終われば、国外での再出発を余儀なくされると思えてならない。現役時代、チェルシーとイングランド代表の双方でチームメイトだったスコット・パーカー(現バーンリー監督)が、ベルギーのブルッヘに任地を求めなければならなかったように。
ランパードは、1年半ぶりに現場復帰を意味する今回の就任でさえ、意外なチャンス到来だったように思える。
以前、移籍2年目の坂元達裕についてのコラムで触れたとおり、コベントリーが予想外のスロースタートを切っていたことは事実だ。監督交代時の順位は、チャンピオンシップ(2部)の24チーム中17位。降格圏まで2ポイント差の距離だった。
しかしながら、まだシーズンは3分の2を残している。トップ2に続く昇格枠を争うプレーオフ出場圏との距離も10ポイント差と、十分に巻き返し可能な範囲だった。
何より、前監督のマーク・ロビンズは、ファンも地元メディアも認めるコベントリー・レジェンドだ。7年8か月間に及んだ2期目には、チームをリーグ2(4部)からチャンピオンシップの一昨季プレーオフ決勝へと導き、プレミアリーグ昇格までPK戦での1勝まで迫った。
ロビンズの解任は多分に政治的な理由であり、昨年からの新オーナーが、国際的な知名度を新監督に求めたと考えられる。チェルシー・レジェンドのランパードは、国内外での優勝歴や、センターハーフにしてプレミア歴代得点王6番手といった記録に彩られた現役キャリアの持ち主だ。
ところが、監督キャリアの前回は1勝のみに終わっていた。急激に若手が増えたチェルシーで暫定指揮を任された一昨季最後の11試合は、経歴に含めることすらはばかられる。同シーズン途中まで1年間ほど指揮を執ったエバートンでも、勝率は3割未満と振るわなかった。
コベントリーでの初陣がカーディフ相手の引分け(2-2)に終わった翌日の12月1日、足を運んだチェルシー戦の会場で、記者仲間に「ランパード監督観」を訊いてみた。
かつての名選手も監督としての実力は「疑問符が付く」
1人は、まだ若いがBBCスポーツのシニア・レポーターを務める、“ニズ”ことニザール・キンセラ記者。「そう言われればそうだ」と切り出した彼は、筆者と同じく、コベントリーでの失敗は許されないという見方をしていた。
「イングランドでの評判は芳しくないんじゃないかな。選手としての過去は輝かしいままだけど、監督としてのランパードには疑問符が付く。名選手が名監督になるとは限らない。ウェイン・ルーニー(現プリマス)や、スティーブン・ジェラード(現アル・イテファク)も、監督キャリアの軌道修正に取り組む羽目になっている。ランパードにも、コベントリーでの成功が必要だろう。
チャンピオンシップでは、ダービーでまずまずだったから上手くいく可能性はある。若手が多い戦力的にも、ある程度は補強予算のある資金力面も、プレーオフ進出が最低線と思われる目標レベルも、当時のダービーと環境が似ているよ。今回は昇格実現という、もう一越えが必須。でなければ、国内で次の仕事を探すのは難しいと思う。ランパードのような人物が、3部以下までレベルを落とすとも思えないし」
2018年に監督初挑戦の舞台となったダービーでは、リーグ6位でプレーオフ出場権をもたらしている。ただし、その順位自体は前シーズンからの横ばい。若い主力には、チェルシーからのメイソン・マウント(現マンチェスター・ユナイテッド)とフィカヨ・トモリ(現ACミラン)、リバプールからのハリー・ウィルソン(現フルハム)ら、プレミア強豪産のレンタル移籍組がいた。最終的には、プレーオフ決勝でアストン・ビラに敗れてしまった(1-2)。
続いて、古巣から「SOSコール」に近いラブコールを受けた、チェルシー正監督としての2019-20シーズンは、FIFA(国際サッカー連盟)から補強禁止処分を受けていた状態でトップ4フィニッシュを実現した。勝率も5割を超えた。
しかし、1年半でトーマス・トゥヘル(イングランド代表新監督)に首をすげ替えられる運命にあった翌シーズンには、後任の下で主力に返り咲くことになるアントニオ・リュディガー(現レアル・マドリー)とマルコス・アロンソ(現セルタ・デ・ビーゴ)を、事実上の戦力外扱いとする状況も見られた。
では、監督として実績らしい実績のないランパードが、コベントリーで疑問符を取り除くにはどうすべきなのか? ニズは、次のように答えた。
「これまで、彼のチームは守備面での強さがイマイチだった。積極果敢に攻撃を仕掛ける一方で、敵にもいいように攻め込まれる。その問題点を解決できる監督に成長できているのかどうか。時には、現場を離れている状況がプラスに働くこともある。指導者としての自分自身を客観的に見直せる時間になるから。過去の苦い経験から学んで進化しているのか? 守備面でも歯応えのある戦い方をさせることができるようになっているのか? コベントリーでは、そういう目で眺められると思う」
「2部以下とプレミアとでは、選手のエリート具合に差があることに気付くべき」
就任2日後だった新監督の影響力は限られていたに違いないが、カーディフ戦でのチームは、攻めれば威勢はいいが守れば脆い、過去の「ランパード軍」風でもあった。攻めの姿勢で入ったが、相手1本目のCK(コーナーキック)から先制点を奪われている。すぐさま追いつくが、後半早々に再びリードを許し、敗戦回避には終盤に得たPKを必要とした。
監督交代による目に見えた変化としては、採用が増えていた3バックから、開幕当初の4バックへとシステムが戻されていた。ベンチスタートが増えていた坂元にとっては好都合だ。4-2-3-1の右ウイングで先発起用されると、左足からの絶妙な浮き玉で1度目の同点ゴールを演出している。24歳の右SBミラン・ファン・エバイクとの縦の連携も良く、23歳のCBボビー・トーマスが、坂元に走り込ませようとロングパスを試みてもいた。
次第に存在感が薄れた点は今後の課題だ。だが、移籍当初からイングランドでも通用しているドリブルと、日本人選手らしく守備も疎かにしないハードワークを身上とするウインガーは、同様の持ち味でチェルシー正監督当時のランパードに頼りにされた、ウィリアン(現オリンピアコス)のようなキーマンともなり得る。
その指揮官は、「2部以下とプレミアとでは、選手のエリート具合に差があることに気付くべきだ」と指摘するのは、オンラインメディアのキャピタル・フットボールに寄稿するポール・ラガン記者だ。ベテランのチェルシー番は、こう説明している。
「ある一定の水準を選手たちに求めるのは結構。ただ、プレミア強豪レベルのスタンダードを押し付けるのではなく、配下の選手たちが持つ能力とメンタリティを理解してもらわなければ困る。実際、チーム事情へのアジャストが重要である点は、プレミアではあるがエバートンでも学んでいると思うがね」
確かに、エバートンでのランパード体制で評価できる点を挙げるとすれば、見応えのある攻撃的サッカーという理想には固執せず、なりふり構わずにしぶとく戦う方向性を打ち出して降格を回避した、就任1シーズン目の現実直視になるだろう。
選手としての2001年チェルシー入り当時からランパードを知るポールは、「フランクはとても賢くて、意志の強い意欲的な人間だ」と言う。個人的にも同感だ。やはり20年以上前のことだが、ランパードの実家で元イングランド代表DFの父親をインタビューした際に聞いた「息子像」とも合致する。
ポール曰く、ダービーに残っているべきだったと言われることもあるチェルシーでの正監督就任、そして、本人が後に「子守り」に例えた暫定役にしても、「リスクは想定済みだったはず」ということになる。
「長い目で監督キャリアを考えれば、幅広い経験をしておくに越したことはないと理解していたに違いない。良い意味でエリート的な姿勢で物事に取り組むのがフランクだ。何をするにも、やるからには最大限の成果を求めたがる。監督としては、イングランド代表でのポジションが究極の目標なのだろう。
そのためにも、まずはいっぱしの監督として認められること。成功が約束されているわけではないが、コベントリーは非常に有効な足がかりになる」
最後のチャンスでもあり、過去最高のチャンスでもある。そう解釈できるコベントリーでのランパード体制がスタートを切った。クラブはプレミア復帰を、新監督はトップレベルへの実績作りを目指して。
(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)
山中 忍
やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。