伏線になった2度のサイン 遠藤保仁を彷彿…衝撃の直接FKは「出来すぎですね」【コラム】
川崎MF山本がACLE山東戦で決めたFKの裏側とは…
蹴った本人が誰よりも驚いていたのか。それとも、ちょっぴり謙遜していたのか。衝撃的な直接フリーキック(FK)からスーパーゴールを決めてファンを驚愕させ、ネット上に「えぐすぎる」や「これは遠藤保仁だわ」といった声を飛び交わせた川崎フロンターレのMF山本悠樹は、何度も「出来すぎです」と繰り返した。
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ホームのUvanceとどろきスタジアムに山東泰山(中国)を迎えた、12月4日のAFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)リーグステージ第6節。川崎が1点をリードして迎えた前半41分だった。
ゲームキャプテンのFW小林悠が相手DFに背後から押し倒され、直接FKのチャンスを獲得する。ペナルティーエリア右角の後方。距離にして20メートルほど。角度的には左利きの選手が狙いやすい位置で、ボールの後方にはレフティーのDF三浦颯太と、そして右利きの山本がスタンバイした。
山東が作った壁は3枚。やや少ないようにも映り、さらにファーへのクロスを警戒していたためか、全体的に左側へ寄っている。ニアのコースが空いている状況を見ながら、山本は三浦に対してまずこう耳打ちした。
「狙うことを自分があまり匂わせなかったらいけそうだな、といった話を颯太としていました。最初は(味方に)合わせようと思いましたけど、相手の壁とキーパーの位置を見て、意表を突けば入るんじゃないか、と」
もっとも、青写真は描けても、なかなか最後の踏ん切りがつかない。山本と三浦の話し合いに、相手ゴール前にいたDF丸山祐市も急きょ呼び寄せられた。何が伝えられたのか。山本が続ける。
「中の選手たちにも『直接狙おうかどうか悩んでいる』と伝えたかったので。そのうえで『なので(クロスに)入っていく感じでいてください』とも。それもあったのかな、という意味でも出来すぎですね」
FK弾道の真意「あまり高く蹴って、ちょっと外しちゃうのが一番嫌だった」
主審が試合を再開させるホイッスルを鳴り響かせる。山本は両手を軽く振りあげて、丸山を含めた、ファーへ陣取っている6人の味方へサインを送った。それも2度。直接狙うと伝えたサインだった。
「壁の3枚をどこに立っているのかと、キーパーがファー気味に立っていた、というのがあったので」
こう振り返った山本は、思い描いた通りの直接FKを蹴るためのルーティーンに入る。鹿島アントラーズに1-3で完敗した11月1日のJ1リーグ第35節。後半アディショナルタイムに一矢を報いる移籍後初ゴールを直接FKで決めていた山本は、ガンバ大阪時代から実践してきた、自分なりの極意をこう語っていた。
「直接FKはボールと自分、そして相手ゴールだけの世界に入れるか、入れないかにかかってくる。もちろん外的な状況はたくさんありますけど、そのなかでいかに自分の世界に入れるか、ですね」
このときは鹿島が作っていた4枚の壁の一番右側、DF三竿健斗がジャンプしたその頭上を越えてから急降下し、さらに美しい弧を描きながらゴール左隅を急襲する弾道を選択。必死にダイブした鹿島の守護神、早川友基の右手を弾いてネットを揺らした。翻って今回は、まったく異なる軌道の直接FKを放っている。
壁の右側、それも至近距離を低く、速い弾道で射抜いた意図を山本はこう語っている。
「あまり高く蹴って、ちょっと外しちゃうのが一番嫌だったので。そんなに外から巻かなくても入る感じがしていたので。なので、ゴールの枠のなかにしっかり入れる、というところだけを意識していました」
山本が右足を振り抜く瞬間に山東の守護神、ワンダーレイの重心はわずかながらファーへ傾いている。丸山を介して事前に伝えていたメッセージが、結果的に山東の虚を突く形となった。ワンバウンドした一撃は、体勢を立て直してダイブしたワンダーレイが必死に伸ばした左手の先をかすめてゴール右隅へ吸い込まれていった。
「FKはずっと練習もしていますし、それがこうして結果に出るのは嬉しいですね。ああいう弾道は、大学のときには蹴ったかな、という感じですけど。今回は場所が良かったのと、あとは出来すぎですね」
CKからアシストも記録「ジェジ(ジェジエウ)が本当に素晴らしかった」
「3点目は大事なので大きかったですね。CKに関しては、僕はどちらかというと場所に蹴っている感じなので。あとはもう中の、今回だったらジェジ(ジェジエウ)が本当に素晴らしかった、という感じですね。怪我などで本当に大変だったと思うので、ゴールを決めてくれたのはチームとしても大きいですよね」
山東には今年2月に行われたACL2023-24のラウンド16で、アウェイで3-2と先勝しながらホームで2-4と敗れ、2戦合計スコア5-6で敗退している。山本にとっては、G大阪から移籍加入後で初めて臨んだ公式戦。リベンジを期す思いは強かったと、最終的には4-0で圧勝した試合後に明かしている。
「僕自身はあのゲームはすごく悔しかったし、いま自分たちが臨んでいるACLEにおいてもすごく大事なゲームだったので、内容的にもしっかりと勝てたのはよかったと思っています」
通算成績を4勝2敗とした川崎は東地区の4位をキープ。鬼木達監督に代わる新体制のもとで敵地へ乗り込む、来年2月の浦項スティーラーズ(韓国)との第7節で勝利すれば、決勝トーナメント進出が決まる。
「ACLEの最初はちょっと難しいゲームもあったけど、ここまで来られたのは良かった。タイトル争いもできず、悔しいシーズンになりましたけど、それでも最終節は勝って終わることが何よりも大事になってくる。今のメンバーで試合ができるのも最後なので、期間は短いけど、しっかりと準備して臨みたい」
直接FKの名手・遠藤保仁氏を彷彿とさせる、相手の虚を突く衝撃的なスーパーゴールの余韻を残しながら、山本はその視線をホームにアビスパ福岡を迎える8日のJ1リーグ最終節へ向けている。キーパーを含めた相手守備陣の意図を見抜く観察眼と、とっさに描いた青写真を具現化させる正確無比なキックと、そして自分だけの世界に入れる強靱なメンタル。何度も山本の口を突いた「出来すぎ」には、謙遜の思いが込められていたようだ。
藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。