大迫勇也が“J1連覇への羅針盤” 後半ATに「2」のジェスチャー…勝利への飽くなき執念【コラム】
神戸は柏戦で大迫起点に武藤が決勝弾
2024年11月30日のJ1リーグ第37節、イエローカードをもらうのを覚悟で上半身裸になったヴィッセル神戸FW武藤嘉紀が、敵地・三協フロンティア柏スタジアムに駆けつけたファン・サポーターの前で感情を爆発させている。ピッチ上に脱ぎ捨てられたユニフォームの上着を拾ったDF酒井高徳も、背後から武藤に抱きついて喜びを共有した。
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至福のゴールセレブレーションの真っ只中にいた武藤や酒井の背後から、FW大迫勇也も遅れて近づいてくる。もっとも、ちょっと様子が違う。大迫は祝福の輪に加わるために、駆けつけてきたわけではなかった。
柏レイソルと1-1で引き分けた、柏戦後の取材エリア。ありがとうと言うために、武藤の元へ行ったのかと問われた大迫はやんわりと否定しながら、右手の親指と人差し指とで「2」意味するジェスチャーを介して、武藤や酒井らに伝えたメッセージの意味を明かした。
「ありがとうというか、(アディショナルタイムが)まだ2分あると聞いたので、次、切り替えて、という感じでしたね。相手も1人少なかったし、チャンスはまだあると思ったので」
場面は後半アディショナルタイムが15分台に突入する直前だった。一度は大迫のオフサイドで取り消された武藤のゴールが、3分あまりに及んだVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の映像チェックを経て、一転してオンサイドと認められた直後。大歓声が沸きあがるなかで「感覚的にオフサイドじゃない、大丈夫だと思っていた」と判定を待っていた大迫は、御厨貴文主審に対して残された試合時間を確認していたわけだ。
実は武藤がゴールを決める直前の段階で、後半アディショナルタイムが13分だと初めてスタジアム内で表示された。しかもVARの影響で、何分が加算されているか分からない。武藤をはじめとする全員が喜びの雄叫びをあげている状況で、大迫は冷静沈着に残り時間を把握し、そして仲間たちを「勝つぞ」と鼓舞した。
PKを外してしまう場面も…「決めなくちゃいけないシーンだった」
後半アディショナルタイムでは、大迫自身の胸中も大きく揺れ動いた。柏のペナルティーエリア内の右側で、DFジエゴの左肘が競り合った武藤の顔面を直撃。唇の右あたりから痛々しく出血した武藤は、御厨主審がファウルを取らなかった状況を受けて一度は立ち上がったものの、プレーが途切れた後半43分に倒れ込んでしまう。
そして、武藤が止血などの治療を受けている間にVARが介入。さらにOFR(オンフィールド・レビュー)を実施した御厨主審が、ラフプレーをはたらいたジエゴに前半に続くイエローカードを提示して退場とし、神戸のPKへと判定を変えたときには、時計の針は後半アディショナルタイム2分に突入していた。
前半開始わずか5分に献上した先制ゴールが重くのしかかり、焦れるような時間を送っていた神戸に訪れた同点のチャンス。大迫は「まあ、ずっとそうですから」と当然のようにキッカーを担った。
しかし、なかなか試合が再開されない。柏の選手交代などもあり、実際に助走に入ったのは後半アディショナルタイム5分だった。ペナルティースポットにボールを置き、待たされている間に何度も大きく息を吸っては吐き出していた大迫が、ゴール右を狙った一撃は蹴った瞬間に失敗と分かる軌道で、クロスバーのはるか上を越えていった。
プレッシャーがあったのか、と問われた大迫は「どうですかね」と苦笑しながらこう続けた。
「思ったよりも力が入っていたのかな。でも、決めなくちゃいけないシーンだったし、そこは反省したい」
周囲はどうだったのか。頭を抱えてその場へ突っ伏した大迫を、鼓舞する言葉を何かかけたのか。こう問われたキャプテンのMF山口蛍は「特にはないですね」とだけ返した。素っ気ない言葉に聞こえたのは、その分だけ、初優勝した昨シーズンを牽引し、得点王とMVPを受賞した大迫への揺るがない信頼感の証でもある。
PKが外れた瞬間にピッチへ背を向け、両手で顔を覆った吉田孝行監督は「サコ(大迫)自身も、メンタル的にかなりきつかったと思う」とエースの胸中を慮りながらも、こんな言葉を紡いでいる。
「ただ、そのあとにポストに当たるシュートを放っているし、武藤も含めて決定機を作ってくれた。みんなが絶対に下を向かずに、あきらめないで戦った結果である勝ち点1はポジティブに受け止めたい」
柏戦では大迫がチーム最多となる4本のシュート
信頼の二文字が込められた指揮官の言葉通りに、後半アディショナルタイム10分に獲得した右コーナーキック(CK)で、大迫はMF扇原貴宏が放ったクロスにニアで反応。バックヘッドで巧みにコースを変える技ありのシュートは、惜しくも右ポストを直撃した。そして、その流れで再び獲得した右CKから、武藤の同点ゴールが生まれた。
扇原が供給したクロスが相手に弾かれたセカンドボール。ゴール正面で反応した酒井が、ペナルティーエリアの外側から浮き球のパスを入れた。落下点に入った大迫は無理やりシュートにもちこまずに頭で確実に落として、途中出場していたDF広瀬陸斗がダイレクトでシュートを放てる状況をお膳立てした。
広瀬のシュートは柏の守護神・松本健太の真正面へ飛び、こぼれ球を柏のDF立田悠悟がクリアするもDFマテウス・トゥーレルがブロック。さらに広瀬にも当たって、左側で「自分のところへこぼれて来い」と念じていた武藤の前に転がった。きっかけとなった頭での落としを、大迫はこう振り返っている。
「PKを外していたのでもう切り替えて、自分がやるべきプレーだけを考えていました」
コンディションは決して万全ではなかった。ガンバ大阪を1-0で振り切り、5年ぶり2度目の天皇杯を制した11月23日の決勝後には、後半38分に交代でベンチへ下がった自身の状態をこう説明している。
「怪我をしていた関係で、コンディション的にもなかなかよくなかった」
それでも天皇杯を手繰り寄せたFW宮代大聖の値千金の決勝点は、ロングボールの競り合いでこぼれたボールを、大迫が素早く左サイドへ展開。走り込んだ武藤のシュートのこぼれ球を押し込んだものだった。
中6日で迎えた柏戦では先発フル出場を果たし、チーム最多となる4本のシュートを放った。その1つのPKを外すも、不屈のリバウンドメンタリティーを発揮して攻撃陣を牽引し、周囲の状況を冷静に見極めながら広瀬へ絶妙のパスを託し、残り時間がまだ2分あると厳しい口調で檄を飛ばして逆転勝利を目指した。
最終的には1-1で引き分けたが、勝ち点1を積み上げた神戸は首位をキープ。ホームのノエビアスタジアム神戸に湘南ベルマーレを迎える8日の最終節で勝てば、勝ち点1差で追ってくるサンフレッチェ広島、3差のFC町田ゼルビアの結果に関係なく、J1リーグ史上で延べ8チーム目となる連覇が決まる。
「次、勝つだけなので、切り替えてやります。いいチャレンジをすることが、チームのためになるので」
試合後の取材エリアで、大迫は何度も「切り替えて」と言及した。PKを外した直後からすでに切り替えられていた頼れる思考回路は、34歳のベテランに搭載された、神戸の武器のひとつといっていい。悲願のリーグ戦初優勝を果たした昨シーズンに続くホームでの戴冠へ。大迫が放つ存在感が連覇への羅針盤になる。
藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。