カズと話して痛感した「サッカーに対する本気度」 J2最年長が忘れられぬ一緒に飲んだカプチーノの味【コラム】
9月下旬に行われた本間幸司の引退会見にカズからサプライズのプレゼントが届く
いつ、どこで、どのような形で接点をもったのか。世界でも例を見ない57歳の現役サッカー選手と、水戸ホーリーホックを今シーズン限りで引退した47歳のJ2最年長選手。後者の本間幸司さんが9月下旬に行った引退会見の終盤、前者のFW三浦知良を巡るちょっとしたサプライズがあった。
これまでで印象に残っている選手や、引退発表後に連絡してきた選手を問われた本間さんは、10代だったMF香川真司や、松本山雅FCから期限付き移籍した水戸で1年間だけチームメイトになったFW前田大然(現セルティック)、浦和レッズ時代の先輩だった岡野雅行さん(現ガイナーレ鳥取GM)らの名前を挙げた。
そして、おもむろに「先ほど控え室にいたら、すごくうれしいことがありまして」と切り出すと、ひな壇の下からユニホームを取り出した。今シーズン、JFLで戦うアトレチコ鈴鹿の青緑のユニホームだった。背中には「11番」とプリントされ、その下には「KAZU」と名前が刻まれている。
しかも、背番号の「1」と「1」の間には、直筆で「本間幸司選手へ」と日本語で書かれ、さらに「幸運を」を意味するポルトガル語の「Boa Sorte」などと認められていた。本間さんが笑顔で続けた。
「三浦知良選手からサイン入りのユニホームが届きました。カズさんは日本サッカー界のキングですし、僕も小さなころから何度も見てきました。横浜FCに移籍してきてからは、J2で何回か対戦もしています。(ホームの)ケーズデンキスタジアム水戸で、カズダンスを決められた試合もありましたね」
カズは2005年7月にヴィッセル神戸から横浜FCへ完全移籍し、38歳にして初めてJ2の戦いに臨んだ。同年10月29日、水戸のホームに乗り込んだJ2リーグ第38節で、1999年シーズンの開幕直後に、浦和からJFLを戦っていた水戸へ移籍して以来、守護神を担っていた本間さんと初めて対戦した。
2021年に本間さんとカズは中里崇宏の仲介によって対面を果たす
水戸が1-0で制した一戦を皮切りに、ゴールキーパーの本間さんとストライカーのカズがピッチ上で同じ時間を共有したのは10回ある。その中には本間さんの述懐通り、後半アディショナルタイムの49分にカズが決勝ゴールを決めて、水戸のホームでカズダンスを舞った2015年6月28日のJ2リーグ第20節も含まれている。
その約1か月後の同年7月26日、今度は水戸が敵地・ニッパツ三ツ沢球技場に乗り込んだ第26節で、カズが後半途中から出場した横浜FCを2-0でシャットアウト。本間さんがリベンジを果たした一戦が、2人にとって最後の“直接対決”となり、本間さんは29年間、そのうち26年間を水戸に捧げたキャリアに幕を降ろした。
もっとも、その間にピッチ外で2人は同じ時間を共有していたことがある。横浜FCと水戸の両方でプレーした経験をもつMF中里崇宏(現Y.S.C.C.横浜)へ、本間さんが頼み込む形でカズへ連絡を入れてもらい、東京都内で会う機会があった、という。中里が夏場に再び水戸へ加入し、半年間だけプレーした2021年後半のある日だった。
国立競技場でクリアソン新宿と対戦した11月11日のJFL第28節後の取材エリア。左足の負傷のために欠場したものの、試合後の取材エリアに姿を現したカズは、本間さんとの接点をこう振り返った。
「何年か前に中里から『会って話を聞かせてください』と連絡があって、おそらく彼が悩んでいた時期ですよね。選手は常に悩んでいるものだし、年齢を重ねていく中で自分の立場やサッカーへの情熱といったものを、どこへ向けていけばいいのか、という話を彼にしたのがきっかけで、連絡先も交換していたんですよ」
たとえ一期一会になろうとも、人との出会いを大切にする。カズはこのときから、中里という偶然の存在が間をとりもつ形で熱い言葉を交わした本間さんのその後を気にするようにになった。カズが続ける。
「カプチーノを飲みながら、一緒に話をしました」
「今回はそういう話(現役引退)を聞いたのもあって、僕のユニホームを。そういうことですね」
決して多くは語らなかった。それでも、会場となった水戸市内のホテルや開始時間を含めて、本間さんの引退会見の詳細を調べた上で、スタートが間近に迫っていた控え室へ直筆サイン入りのユニホームを送り届けるという、なかなか真似のできない、カズ流の粋な計らいが本間さんを感激させたのは言うまでもない。
開幕直後に40歳になった2017年シーズン、J2出場がゼロに終わった本間さんは、以降も出場機会を減らしていった。2018年シーズンこそ11試合に出場したものの、2019年シーズンは再びゼロに。2020年シーズンの1試合をはさんで、2021年シーズンも出場ゼロとなり、カズに答えを求めた。
当時のカズはJ1へ昇格した横浜FCで、2020年シーズンは4試合で計68分、2021年シーズンにいたっては浦和レッズとの第3節の1試合、わずか1分間の出場時間のまま、シーズン終盤を迎えていた。それでもサッカーの情熱をたぎらせるカズの言葉は説得力に満ちていた。カズから貰った刺激を、本間さんはこう明かしている。
「カプチーノを飲みながら、一緒に話をしました。僕も試合に出られず、苦しいときにカズさんのサッカーに対する純粋な気持ちに触れて、もう一回本気でポジションを掴みにいこうと奮い立つことができましたし、何よりもサッカーに対する本気度の甘さをすごく感じました。サッカーに失礼がないように頑張ろうと思いました」
カズの金言に感謝した本間さんは、会話を交わした時点から出場数を2つ加えて、通算出場数をJ2リーグ歴代最多を更新する「577」に伸ばしてスパイクを脱いだ。今シーズン初出場を先発で飾ると、最後の勇姿を見せた11月10日のモンテディオ山形とのホーム最終戦後に引退セレモニーでは、再びサプライズがあった。
岡野さん、鈴木隆行さん、田中マルクス闘莉王さん、小野伸二さんと浦和および水戸の元チームメイトたちが登場したビデオメッセージの最後をカズが締めたからだ。驚いた表情を浮かべた本間さんへ向けて、カズは2015年シーズンのゴールや2019年に交わした会話をよく覚えていると笑いながら、こんな言葉を送っている。
「引退を決意して、また違う道を進んでいくなかで、これからはいままでのサッカー人生を生かしていくときだと思います。ぜひともその力をサッカー界に費やして挑戦していってください。応援しています」
引退会見に続いて、引退セレモニーでも、本間さんの新たな門出へエールを送ったカズから伝わってきたのは、優しさと格好よさを同居させるダンディズムだった。その視線は引き続き鈴鹿の一員としてプレーし、開幕前には58歳になるプロ40年目の来シーズンへ向けて、個人的なキャンプを予定しているオフへと向けられている。
(藤江直人 / Fujie Naoto)
藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。