欧州クラブキャンプで構想外、癒えない怪我…「一番の選択は何か」 元日本代表“苦渋の決断”【インタビュー】

ルーベン時代の三竿健斗【写真:Getty Images】
ルーベン時代の三竿健斗【写真:Getty Images】

欧州挑戦を経てJリーグへ、鹿島MF三竿健斗の日本復帰背景

 鹿島アントラーズの元日本代表MF三竿健斗は、欧州クラブでのキャリアを経て、今夏にJリーグ復帰を果たした。ポルトガルのサンタ・クララには2023年1月から半年間在籍。その年の夏にベルギー1部OHルーベンへ。1年半にわたる欧州挑戦を経て、日本への帰国を決断した背景に迫った。(取材・文=河合 拓/全5回の3回目)

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 2023-24シーズンに三竿が加入したルーベンのホームスタジアム「デン・ドレーフ」の収容人数は1万人ほど。決して大規模なものではない。それでも三竿は「ようやくヨーロッパに来たなという感じがしました」と、ポルトガルとは一味違った新たな環境に思いを巡らせる。

「過去の自分にアドバイスするなら、あの島には行くな」と語った元日本代表MF守田英正ほど、サンタ・クララ島にショックを受けたわけではなかった三竿だが、より英語も通じるルーベンでの新生活は「天国でしたね。日本食レストランもあるし、スーパーもあって食材を買えるし、近くに町田浩樹もいるし」と、鹿島時代のチームメイトでもあり、当時もアパートが同じで仲の良かったDF町田浩樹と同じ生活圏になったことも喜んだ。また、元日本代表GKシュミット・ダニエルも近くに住んでいたこともあり、家族同士のつながりもできたという。

 私生活の安定は大きく、三竿自身も良いコンディションで新天地へ。就労ビザの発行までに2か月を要してシーズン開幕直後の2か月は試合に出られなかったものの、プレーできる状況が整うと、先発出場3試合目となった第12節のアンデルレヒト戦では1-5で敗れたものの、前半6分にデンマーク代表GKカスパー・シュマイケルの守るゴールを破り、移籍後初ゴールとなる先制弾を左足で叩き込んだ。

 ポルトガルとベルギーのサッカーを「ベルギーのほうがシンプルにプレーする。ダイレクトにゴールを目指すっていう感じで、よりフィジカルを重視する感じです。ポルトガルも縦に速いと言えば速いのですが、ラテン系の国なので足もとの技術も魅せようとします。それで若干テンポが下がるかなと感じました」と比較する。

 身体の強さと高いボール奪取力が武器の三竿だが、ベルギーのサッカーへの順応は難しかった。「守り方がポルトガルはゾーンなのですが、ベルギーはマンツーマンだったので、カバーリングがないですし、味方との距離感も遠い。中盤でマンツーマンだと、結構、難しかったですね」と、振り返る。

「このまま試合に出続けていたら、次も見えてくるな」と、手応えを感じ始めていた時、三竿は右足首を負傷してしまう。現地での診断は全治8週間だったが、その期間が過ぎても痛みは取れなかった。ウインターブレイク中に帰国して日本でも治療を試みたが、状況は改善せず。ただ、シーズンは進んでいき、試合に出なければアピールはできない。三竿は負傷を抱えたまま、プレーをすることを選択するが、万全なコンディションにはなかった。

「片足でジャンプができないまま、試合に出ていましたね。ロングフィードも、シュートも、右足では打てない。走ってもスピードが出ない中だったので、そのコンディションもあったのかもしれませんが、マンツーマンはキツかったなというのがあります。怪我をしてからというのが、キツかったです」

日本復帰の決定打となったキャンプ参加時の出来事

 現在も三竿は、この負傷の治療を続けながらプレーをしている。「その時の治し方が悪かったみたいで。ヨーロッパにいる日本人の専門家の方にも診てもらっていたのですが、それも毎日は診てもらえるわけではないので。今夏、オフシーズンに帰国した時には『もしかしたら、こっちが痛いんじゃない?』と、全然違うところを指摘されて。かばってプレーしてきたことで、どこが痛いかも正確に分からなくなっているのですが、そこの治療を進めてアプローチを変えたら良くなってきているので、やっぱり海外で怪我をすると難しいなというのは、すごく感じました」。

 欧州に移籍した選手は、結果がより求められる。そのためには当然、試合に出続けることが必要だ。しかし、怪我をした際にはどう向き合っていくかも慎重にならなければならない。クラブの医療体制による部分もあって、選手自身ができることは限られるかもしれないが、痛みや負傷状況を感じられるのも選手自身だけなのだ。

 欧州に渡って、半年でステップアップ移籍し、順風満帆なスタートを切った三竿だったが、1人のアスリートとしてコンディションを戻すことを優先し、帰国する決断をした。

「怪我が日本に戻ってくることを決めた要因の1つであることは間違いないですね。やっぱり試合に出ないと、選手としての価値は下がってしまうので。ルーベンでもう1年、怪我を抱えたままやるのか、日本でしっかり治しながら試合に出続けるかを考えた時、日本に戻ってきたほうが、自分のサッカー人生にとって良いのかなと考えました」

 日本に復帰すれば、欧州でのステップアップだけでなく、日本代表への復帰も少し遠ざかる可能性もある。2018年のロシアW杯には、直前まで日本代表にいた三竿だが、FW浅野拓磨、MF井手口陽介とともに最後の最後で最終登録メンバー23人には入れなかった。町田を筆頭に同じく欧州で活躍する身近な選手たちが日本代表での立場を確立していくなか、欧州で戦える姿を示すことで、日本代表への復帰も考えていたはずが、年齢的にも欧州に再びチャレンジできる保証があるわけでもなかった。

 参加したルーベンの2024-25シーズンに向けたキャンプで、チームの戦力構想から漏れているのを薄々感じ取った。これが日本復帰の決定打になった。

「ルーベンで試合に出られなさそうだったら、日本に帰ることも選択肢の1つとしてあり得るとエージェントにも伝えていました。そうしたら鹿島が『オファーを出す』と言ってくださったので。それまでは1週間以上、ずっと何が自分にとって一番良い選択なのかを考えていました。1人のままであれば、キャンプで構想外であっても『俺は絶対諦めない』となったと思うんです。でも、自分の年齢、家族のことも含め、総合的に考えたうえで、日本でやろうかなと決めました」

日本人選手が海外で活躍するために必要なこと

 東京Vの下部組織時代から、強く海外を意識してきた三竿も、欧州再挑戦への思いは胸に秘めているだろう。それでも「まずは自分のコンディションやパフォーマンスを上げて、チームを勝たせることを目標としてやっています。未来は急に変わるので、結果的に(欧州復帰と)なれば嬉しいですけど、何もわからないので、今はとにかく一生懸命、自分のレベルを上げることにフォーカスしています」と、自身のプレーを100%発揮できる状態に戻すことを最優先に挙げる。

 1年半にわたる欧州での経験を経て、改めて日本人選手が海外で活躍するために必要だと感じたことは何かを問うと、少し考えてから「重要なのは、気持ちじゃないですか?」と、答えた。

「『できる』って思ってやり続けること。あとは語学。自分の主張であったり、思っていることを表に出さないと、周りからは『コイツは喋れないから』と見られると思うんです。僕はそういうことがなかったので分からないのですが、主張を細かくできるくらいは必要かなと思っています」

 欧州から日本に復帰したことが、キャリアにおけるステップダウンではなく、1人のアスリートとして正しい選択であったことを示すためにも、三竿は鹿島での2度目のキャリアに賭けている。

[プロフィール]
三竿健斗(みさお・けんと)/1996年4月16日生まれ、東京都出身。東京ヴェルディ―鹿島アントラーズ―サンタ・クララ(ポルトガル)―OHルーベン(ベルギー)。中盤から最終ラインのポジションをそつなくこなすユーティリティ性が持ち味。キャプテンシーも備え、鹿島ではクラブ史上最年少キャプテンにも抜擢された。

(河合 拓 / Taku Kawai)



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