「Jリーグを変えてやる」大胆な方向転換 柱を外す改革…指揮官の矜持と自負【コラム】
方向転換に成功した神戸が天皇杯制覇、吉田孝行監督「Jリーグを引っ張っている」
ヴィッセル神戸が天皇杯を制し、2年連続でタイトルを獲得した。J1リーグでも首位に立っているので2冠も近い状況にある。ガンバ大阪との接戦を制した吉田孝行監督は、大きな改革を成功に導いた矜持を、こんな言葉にしていた。
「ハイプレス、ハイラインで勝つことから逆算し、どんなゴールを奪うのか、そのためにはどんな攻撃をするべきなのか、そしてそれにはどういう守備をするのかを突き詰めてきた。昨年のリーグ優勝でJ(リーグ)を変えてやると思いましたが、今はJリーグを引っ張っているという自負もある。実際に強度が高く、奪ってから速いチームは増えています」
サッカーのトレンドも時代とともに変わる。例えば神戸が天皇杯を制して初めてタイトルを手にした2019年は、ポゼッションの優劣が成績にも直結していた。リーグを制した横浜F・マリノスはポゼッションでも1位で、アンドレス・イニエスタら有力な助っ人が要所を締める神戸は1試合平均57.9%で2位だった。だが吉田監督は、当時のスタイルを「今とは全然違う」と断じる。昨年から2シーズンを通してポゼッションは、ほぼ50%に低下。1試合ごとの平均パス数も、2019年の591.9本から400.5本に減り、それで結果を出しているのだから、いかにゴールに直結する攻撃の効率を追求してきたかが分かる。
イニエスタ在籍当時の神戸も、必ずしも低迷し切っていたわけではない。それどころか、ファン・マヌエル・リージョやトルステン・フィンクらの監督主導でボール支配の精度を高め、娯楽性の高いサッカーを展開していた。
しかし吉田監督は「常にタイトルを獲るチームを目指し」大胆な変革に着手した。集客面を考えれば柱とも言えるイニエスタを外し、自らが語るハイプレスから速い攻撃を志向するスタイルへと方向転換。守備面に目を向けても、2019年シーズンの59失点は、今年36試合消化時点で「35」まで減った。G大阪との接戦を制した天皇杯決勝でも、この堅守を大前提に「個々のタレントが生きた」(G大阪ダニエル・ボヤトス監督)ことで、勝負強さが際立った。
一方対照的に、今年のJ1ではポゼッション志向型の不振が目立った。36節までの上位5チームは①横浜FM②アルビレックス新潟③浦和レッズ④川崎フロンターレ⑤北海道コンサドーレ札幌だが、軒並み中位以下に沈んだ。時代の流れを感じさせるのは、かつて圧倒的なボール支配でリーグを独走したジュビロ磐田が支配率最下位で降格圏に甘んじていることだが、反面神戸に追随するかのような歩み方を選択したFC町田ゼルビアは、J1初挑戦では異例の好成績につなげた。
リーグ戦は年間を通してチームが積み重ねた集大成を競うものなので、神戸のように方向転換の成果が即座に表れるケースは珍しい。横浜FMを攻撃的スタイルに変えたアンジ・ポステコグルー監督でも初年度は12位に終わっている。しかしそれでも神戸型と横浜FM型の変革を比べれば、当然ながら難易度が高いのは後者で、だからこそ今でもポゼッション型への変革を図るチームは少なくない。
吉田監督が自負するように、ここ2年間は神戸の牽引が際立ったJ1だけに、来年以降は川崎や新潟で鮮やかなポゼッションを見せた鬼木達、松橋力蔵両監督らの新天地での仕事ぶりが注目される。
(加部 究 / Kiwamu Kabe)
加部 究
かべ・きわむ/1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。