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32歳が最も輝き「黄金期到来の予感」 胸トラップさえも…J王者の進化を「垣間見た」【コラム】
神戸がG大阪を下し天皇杯制覇、王者の持ち味を十分に発揮
関西勢同士の対戦となった第104回天皇杯は、ヴィッセル神戸がガンバ大阪を1-0で下し優勝を果たした。神戸はG大阪の攻撃を牽引し、もっとも危険な選手であった宇佐美貴史が怪我のため欠場したとはいえ、堅固な守備と素早い攻撃から得点を奪う、持ち味を十分に発揮した内容で勝利を飾った。
神戸の高い守備力に負けず劣らず、G大阪も中谷進之介を中心としたディフェンス陣が堅守を誇り、ピッチに描かれていく序盤の試合内容はお互いが様子を見るように、おとなしい展開で進んでいった。
それでも、神戸は守備陣が激しいマークで相手の動きを抑え込み、攻撃でも大迫勇也を中心としたカウンターを武器にリズムを作り出し、徐々にだが試合のペースを握っていった。
神戸のこの堅守速攻のスタイルは、11月10日に行われたJ1リーグ第36節の対東京ヴェルディ戦を取材して、いよいよ完成の域に達していると感じていた。
その理由は、昨シーズンのチームと比較して攻撃がより多彩になっていたからだ。神戸のスタイルはボールを奪取すると手数をかけずに、相手の守備体系が整う前に素早く前線へとボールをつないでゴールを目指すもので、今シーズンもその方向性は変わっていない。ただ、昨年は縦にボールを運ぶ意識が強く、必然的にパスの流れもより前線へと向かうことが多かった。
この縦パス多用の戦術は、速攻を武器とする場合において定石ではあるが、2023年シーズンはその動きを形成するパスやドリブルがダイナミックだった反面、粗削りな部分を残していた。そのため局面では無理な力技に頼ることもあり、それが改善点でもあった。
しかし、実戦と練習を重ねることによって、今シーズンは選手間の意思の疎通が成熟され、縦へのボール供給だけでなく、左右にも散らす変化も加わり、これが相手の対応をより難しくさせている。
特出すべき点は、昨年よりは手数をかけているにもかかわらず、チーム全体のプレースピードが落ちていないところだ。それは選手たちの判断や基本プレーにスピードが増していることに起因する。
そして、この天皇杯決勝の舞台において、カメラのファインダーを通して見た一瞬に、神戸の強さを実感させるプレーがあった。
それを垣間見たのが井出遥也の胸トラップだった。空中にあるボールを胸でトラップする際に、井出は身体を鋭く前かがみになるように捻り、ボールの勢いを抑えながらも素早くピッチに着地させた。そのボールの位置は次のタッチがし易い場所にあり、すかさず井出はパスを繰り出して流れを停滞させなかった。
この一連のプレーは直接ゴールに結びついたものでもないし、90分間のうちの一瞬の動作でしかなかった。しかし、胸トラップの1つを切り取っても、ボールコントロールに2度、3度のタッチを必要としない、意図のあるプレーを相手からのプレッシャーを受ける状況でも、しっかりとできるところに神戸の強さの根幹を見た。
ベテランが多いこともそれほどマイナスには感じさせない
ほかにも神戸には相手とのヘディングの争いの場面においても、クリアするだけで精一杯となるところを味方へと素早くつなげる、的確な判断力が目に留まった。攻撃に転じてからの流れによどみを作らないところが、いまの神戸の強みだ。
G大阪の選手も高い集中力を持ってプレーしていたことは間違いない。だが、神戸の選手たちはパスやトラップといったゲームを作る最小の単位である1つのプレーに、細心の配慮とチーム戦術への意図を持ってこなしていた。そうしたプレーの積み重ねが攻撃全体のスピードを落とすことなく、より高度な崩しを作り出したと言える。
このボールに対する集中力はさまざまな局面に波及し、敵陣で攻撃をクリアされたセカンドボールへの寄せの速さにも表れる。一度の攻撃が跳ね返されてもルーズボールをものにし、G大阪を根負けさせるように、これでもかと波状攻撃でゴール前にラストパスを供給していく連続プレーには迫力があった。
そうした細心さとダイナミックさを合わせたプレーを、ピッチで最も見せていたのが武藤嘉紀だろう。マーカーがいても怯むことなく果敢にドリブルを仕掛け、相手守備網に風穴を開けていった。マークを受けても逃げのドリブルやパスがほとんどなく、自分のピッチでの表現力に自信を持っていることが、ありありと感じ取れた。
サッカーにおける選手寿命を考えると、武藤の32歳という年齢は決して若くはない。しかし、鍛え上げられた身体から繰り出されるパワーとテクニックを兼ね備えたプレーは、好調の神戸のなかで最も輝いていた。
その神戸は最終盤を迎えたリーグ戦でも、サンフレッチェ広島やFC町田ゼルビアを抑えて優勝候補の最有力となっている。安定感のある試合運びに加えて結果も出し、中心選手にベテランが多いこともそれほどマイナスには感じさせない神戸には、まだその入口に立ったに過ぎないが黄金期の到来の予感が漂う。
天皇杯の優勝は、神戸サッカーの神髄を見せつける勝利だった。
(徳原隆元 / Takamoto Tokuhara)
徳原隆元
とくはら・たかもと/1970年東京生まれ。22歳の時からブラジルサッカーを取材。現在も日本国内、海外で“サッカーのある場面”を撮影している。好きな選手はミッシェル・プラティニとパウロ・ロベルト・ファルカン。1980年代の単純にサッカーの上手い選手が当たり前のようにピッチで輝けた時代のサッカーが今も好き。日本スポーツプレス協会、国際スポーツプレス協会会員。