救世主は衝撃弾の27歳日本人 史上最悪→奇跡への光明…名前を「世界に広められる」【現地発コラム】

ボーフムの三好康児【写真:Getty Images】
ボーフムの三好康児【写真:Getty Images】

序盤大苦戦のボーフム、王者レバークーゼン戦で三好康児が値千金の超絶ゴール

 三好康児がプレーするドイツ1部ボーフムは、ブンデスリーガ史上最悪の開幕スタートに苦しんでいた。今季から指揮を執るペーター・ツァイドラー監督は1分6敗で第7節後に早くも解任され、暫定監督マルクス・フェルドホフは流れを変えることができずに2連敗。相手がバイエルン・ミュンヘンとフランクフルトという強豪相手だったとはいえ、2試合で2得点12失点という数字は、チーム状態の悪さをこれ以上なく反映している。

 第9節終了時で勝ち点はわずかに1。ブンデスリーガ62年の歴史でこれより悪い開幕スタートを切ったクラブは存在しない。さらに10節で昨季優勝のレバークーゼン、11節では2位のシュツットガルトと対戦するというタイミングの悪さだった。

 そんな絶望的な状況で、ようやくファンやチームが手にした1つの希望が、新監督に就任したディーター・ヘッキングの存在だった。ヴォルフスブルク時代の2014-15シーズンにドイツカップ優勝へ導いた名将であり、御年60歳とその身に宿る経験の豊富さはドイツトップレベルにある。

 だが、そうはいってもそれまでの戦績も、試合内容も散々だっただけに、「レバークーゼンに勝てないまでも、なんとか大量失点だけは避けて、代表中断期に立て直しをしてくれれば」という思いで見守っていたファンのほうが多かったことだろう。

 それだけにヘッキング監督とともに、チームが生まれ変わった姿をすぐにファンに見せたのだから驚きだ。

 先制ゴールを許しながらも、ボーフムは勇敢に戦い続けた。ホームスタジアムのファンは懸命の声援を送り続けた。どんな強豪相手でもひるまずおびえず、ユニフォームを泥で汚して全力で戦うのがボーフムらしさだった。そんな美徳が戻ってきた。

 そして迎えたアディショナルタイム。ファンの喜びを爆発させるゴールがついに生まれた。チームを救った男。それが三好だ。右サイドのハーフスペースでボール受けると鋭く巧みなターンでDFを外し、ゴール前のFWアンドレ・ホフマンへパス。必死にブロックしようとしたドイツ代表DFヨナタン・ターの足に当たったボールが三好のもとにこぼれてきた。考えるよりも先に身体が動き出す。素早くボールに向かうと右足でGKのニアサイドを打ち破った。

「非常にクリエイティブなMF。チームメイトを効果的に生かす術を知っている選手だ。優れたテクニックを備え、機敏で、狭いスペースでも打開力を持っている。チャンスメイカーとしてだけではなく、ゴールメイカーとしてもプレーできる」と獲得に動いた前SDマルク・レタウはそう評価していたが、ここまで歯車が上手くかみ合っていたとはいえない試合が続いていた。負傷の影響もあったが、出場機会も多くはない。

 ヘッキングは前任者と少し違う役割を三好に求めた。前監督のツァイドラーとフェルドホフは三好を左サイドで考え、どちらかというとゲームメイカー、チャンスメイカーとしての役割に重きを置いていた。だが、ヘッキングはこのレバークーゼン戦で右サイドに途中起用した。「左利きとして右サイドのほうがやりやすい」と三好も試合後に明かしている。

 三好のゴールを予感させるプレーの素晴らしさ。その片鱗は第3節フライブルク戦で見られていた。得点シーンの起点となり、ハーフライン付近からグラウンダーで鋭いカーブをかけたロングシュートでスタジアムのフライブルクファンを凍りつかせた。最後のところでGKに止められはしたが、そのアイデアとスキルの高さにドイツのサッカーファンも賛辞を惜しまなかった。

 フライブルク戦後にはこんなことを話していた。

「僕みたいな選手がいることによって、このチームも少し攻撃の部分でアクセントを加えられたり、自信を持たせられるところが自分の役割だと思います。インテンシティー(プレー強度)のところはイギリスでも縦に早い、トランジションの戦いというのは多かった。チームメイトにもクオリティーがある、ボールを持てる、ボールを出せる選手がいて、自分的にはやりやすさもある。もう少し試合を重ねるごとに、自分の良さはもっと出せるかなという手応えは感じました。

 自分1人で行き切るのは難しいシーンでも、もっとクリエイティブな、決定的なチャンスを作り出せるように。僕は全員抜いて決めるようなタイプではないですけど、もっと決定機を作れると思います」

三好が目指すさらなる高み「自分のキャリアの中でも最高峰のレベル」

 三好のゴールで昨季優勝チームから勝ち点1をもぎ取った効果は計り知れないほど大きいだろう。同僚のGKパトリック・ドレヴェスはまくし立てた。

「スタジアムの外にいる人がこの盛り上がりを聞いたら、ボーフムが勝ったのかと思うだろう。気持ちの面では勝利を手にした気分だ。安堵ははかり知れないものがある。今季ここまで多くの失点に悩まされていることから考えても、今日のチームのパフォーマンスは最大級の賛辞に値する。誰もが仲間のためにファイトして、ボールに飛びついていった。レバークーゼンのオフェンシブの強さは誰もが知っていること。前線の選手もよくやった。これほどまでの気持ちのこもったプレーを見せて、結果を手にすることができたのだ。新監督としていいスタートを切れた瞬間だ」

 一時期、キャプテンのMFアントニー・ルシアが「まだチームとしての姿を僕らは見つけていないし、一丸になっているとは言えない状態」と漏らしていたことがある。そんなボーフムが1つのチームとなるきっかけを見つけ出した。三好もレバークーゼン戦後に次のようなコメントを残している。

「このゴールはファンの、チームの、そしてゴールのために決めたものです。チームとして一丸となって同じ方向へと進んだと感じています。これは新監督の手腕によるものでもあります。チーム一丸となることを誓い合って試合に臨みました。もっとみんなで改善しなきゃいけないことはあるけど、でも僕らがチームとして支え合って戦えることを今日示せたと思います」

 勝ち点1は2となったが残留に向けての道のりはまだまだ遠く、険しい。だがドイツメディアに「これまでさまざまな奇跡の残留を果たしたボーフムだが、今季の挑戦はそのどれよりも難しい」と書かれた最悪の状況は脱しつつある。

 殊勲の三好には今後さらなる活躍が求められるし、27歳の日本人レフティーはレギュラーポジションを確保して中心選手としてチームを支えてくれるはずだ。フライブルク戦後に今季の目標についてこう語っていた。

「まずはこのチームで目標とする部分、それは残留になりますけど、そこはしっかり達成したいです。そして三好康児という選手をすごく世界に広められる舞台だと思っています。今まで自分のキャリアの中でも、ここは最高峰のレベルだと思っていますし、そういったところで自分に何ができるかというのをしっかり証明したいです」

 リーグはまだ序盤だ。ここからのボーフムと三好の巻き返しに大きな期待が寄せられる。

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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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