新体制チェルシーの理想と現実 攻撃陣が好調の裏で…“ノルマ達成”へ無視できない不安材料【現地発コラム】
大会史上最大の得点差で大勝も素直に評価できないカンファレンスリーグ
イングランド1部チェルシーの監督、エンツォ・マレスカは「チェルシーは全員で1つのチームだ」と主張する。新体制下での今季、リーグ戦からのメンバー総入れ替えが定番となっている国内カップ戦とUEFAカンファレンスリーグでのスタメンが、巷で「Bチーム」や「2軍」と呼ばれているためだ。
最新の例は、11月7日のカンファレンスリーグ・FCノア戦。チェルシーはスタンフォード・ブリッジでのリーグフェーズ第3節(8-0)に、その4日前のプレミアリーグ第10節マンチェスター・ユナイテッド戦(1-1)とは、全く違う先発イレブンで臨んでいる。控えの顔ぶれも9人中8人に変化。フロント主導の補強により、1ポジションに若手が複数名いるという状態の戦力が、「人員過多」という意味も込めて「2チーム分どころか、2スカッド分」と言われるのも無理はない。
一見すると、肩書きは「ヘッドコーチ(監督の意味)」のマレスカが、賢明に“マネージメント”しているように思える。カンファレンスリーグでは、登録外で出場免除のコール・パルマーを筆頭に「Aチーム」のレギュラー陣に休養を与えながら、3戦全勝の得失点差「13」でリーグフェーズ首位に立つ「Bチーム」の面々のモチベーションも維持させていることになる。
ノア戦では、大会史上最大の得点差のほかにも歓迎できる出来事があった。ティリク・ジョージとサミュエル・ラク=サキの両アカデミー卒業生が、それぞれトップチームでの初先発と初出場を経験。新CBのトシン・アダラビオヨは移籍後初ゴールを決め、8得点うちのベストゴールは、昨年1月の加入以来、自信低下が明らかなミハイロ・ムドリクによる、ゴール右上隅への右足ミドルだった。
とはいえ、この一戦ほど「勝利に浮かれるべからず」という表現が相応しい試合も珍しい。スタンフォード・ブリッジにやって来たアルメニアリーグ4位との差は明らかで、ホームの観衆が「10得点頼む!」と連呼し、敵のシュートに同情と冷やかしの拍手を送っていたほどだった。チェルシーは、ゴールへの貪欲さにゴール前での冷静さが伴っていれば、14点は取れただろう。
ジョアン・フェリックスなどは、頭の回転とボール捌きの速さについていけない相手の前でやりたい放題だった。プレーヤー・オブ・ザ・マッチに相応しい活躍で、2ゴール以上の存在感を見せてはいたものの、強度も含めてレベルが違うイングランド・プレミアリーグでパルマーとトップ下を争うための本格的なアピール材料とはなり得ない。
PKを含む2ゴール1アシストのクリストファー・エンクンクも、本来はセカンドトップ向きだ。チーム得点王(本稿執筆時点)はプレミアリーグ以外での合計得点数を「9」に伸ばしたが、ニコラス・ジャクソンが1トップを務めるプレミアリーグでの先発に近づいたとは思えない。
クラブ内の2チームに共通する懸念材料
その反面、チームとしての弱点はA、Bの両チームに共通していると見受けられる。それは守備面の不安。8-0で終わったノア戦のスコアは「14-3」にもなり得た。対戦相手のレベルを考慮すれば、3失点した可能性は無視できない。
大量リード後の油断ではなく、立ち上がり2分に、ルーズボールをものにされた後のパス2本で得点機を作られている。CBのブノア・バディアシルが、できたはずのパスカットに失敗。肩の辺りにシュートが当たったフィリップ・ヨルゲンセンのセーブは、新GKの説得力不足を象徴するかのようでもあった。
その後も、左SBで先発したレナト・ベイガにはボールロストが目立ったし、右SBで起用されたアクセル・ディサシは、距離を詰められるとフィードに苦戦。いずれも、ノアはプレッシングの威力でもプレミアリーグとはほど遠かったにもかかわらず、である。実際にプレミアリーグ同士の対決となった前週のリーグカップ4回戦では、ニューカッスルのプレッシングによって、ミスを誘発されて0-2で敗れた。
ミスといえば、正GKであるはずのロベルト・サンチェスもそうだ。以前、後方ビルドアップに伴うリスクを扱ったコラムでも触れたが、反射神経は良いのだが状況判断が今ひとつ。ノア戦に先立つリーグ戦でユナイテッドに先制を許したPKは、簡単に裏を取られたCBウェズレイ・フォファナと同じく、不必要に両手を伸ばして相手の足もとに飛び込んだサンチェスの落ち度でもあった。
守備面でのリスク軽減ができなければノルマ達成は困難か
そして、11月10日に行われたプレミアリーグのアーセナル戦(1-1)だ。3日前のノア戦から「Aチーム」に戻したイレブンで臨んだホームゲームは、チェルシーが今季初のビッグゲームで勝利するチャンスだったはずだ。
同じロンドンを本拠とするライバルは国内外で2連敗中だった。最大のキーマンであるマルティン・ウーデゴールが、丸2か月間に及んだ負傷欠場明けで、前半は自重気味のようですらあった。
しかし、チェルシーは勝てなかった。プラス材料ではあるが、存在感を増す新ウインガーのペドロ・ネトの左足ミドルで敗戦を回避するに留まった。
ウーデゴールの演出により、ガブリエウ・マルティネッリに先制ゴールを決められたのは後半15分。リーバイ・コルウィルが、相手FWをオンサイドにしてしまった。まだ21歳のCBは、本来であれば経験豊富な最終ラインのリーダーが相棒にほしい。ユース出身の大先輩に当たるジョン・テリーにしても、トップ昇格当初には、マルセル・デサイーというワールドクラスのCBが隣にいた。
クロスが届いたファーサイドでは、同い年の右SBマロ・ギュストが、マルティネッリを含む背後の相手選手3人に全く気づいていない様子だった。この試合に限らず、守備面では集中力、攻撃面では中盤でのパスワークに改善を要するギュストの「偽SB」起用は、現時点での適役とは言い難い。加えて、サンチェスが自身とポストとの隙間を狭めようともせずにマルティネッリと正対してネットを揺らされた。そのGKが前半にセーブで救ったアーセナル最初の決定機は、コルウィルがパスをカットされた後方ビルドアップ失敗が招いたピンチだ。
負けなかったことにより、チェルシーは第11節を終えたリーグ順位でアーセナルの1つ上の3位につけてはいる。ただし、6位ブライトンまでは、いずれも得失点差のみ。9位のアストン・ヴィラまでの3チームとも1ポイント差でしかない。
開幕当初、チェルシー新監督には早期解任の予想がなされていた。その背景には、経営陣による、ノルマも同然のチャンピオンズリーグ復帰要求がある。昨季のマウリシオ・ポチェッティーノ(現アメリカ代表監督)体制は、故障者続出に泣かされ、今季で言えば「Bチーム」扱いのDF陣に頼らざるを得ない試合が多かった状況での6位であっても、トップ4入りを達成できずに、1年で終焉を迎えた。
監督としての実績と名声では前監督に敵わないマレスカだが、若手を育てる意欲は負けていない。であれば尚更、あらゆる面で“若い”チームの守備がノルマ達成のネックとなってしまう事態を避けるべく、もう少し指揮官としての理想とチームの現実とのバランス、守備面でのリスク軽減に意識を割いても良いのではなかろうか? 5年契約の任期を通じ、良い意味でAもBもない「ワンチーム」を自らの手で作り上げ、“ヤング・チェルシー”を成長と成功へと導くためにも――。
(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)
山中 忍
やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。