前代未聞の決定に衝撃…選手困惑「普通に試合できた」 エースFWが憤り、荒れたJ史上初の事態【コラム】

主審から試合中止を聞かされた川崎の選手たち【写真:産経新聞社】
主審から試合中止を聞かされた川崎の選手たち【写真:産経新聞社】

Jリーグ史上初の試合途中中止、川崎が鹿島と戦った再開試合を回顧

 今年8月24日に雷雨の影響により中止となっていたJ1リーグ第28節・浦和レッズ対川崎フロンターレが11月22日、埼玉スタジアムで後半キックオフから再開される。

 Jリーグ史上初となった再開試合は、2009年9月12日に行われた第25節・鹿島アントラーズ対川崎だった。J1における再開試合はこれで2度目となるが、川崎はそのどちらも経験することになる。

 今回の回顧コラムでは、このJ史上初となった再開試合を振り返っていこう。

 場所はカシマサッカースタジアム。首位を快走する鹿島のホームに、2位の川崎が乗り込む構図となり、優勝争いを占う天王山として大注目の一戦だった。

 強く雨が降り注ぐ中で行われたゲームは前半19分、鄭大世の得点で川崎が先制。同30分に同点を許すものの、直後の同32分に鄭大世の得点で再び川崎がリードを奪っている。

 ハーフタイムに雨足はどんどん強くなっていたなか、後半にもスコアが動く。同21分、一瞬の隙からジュニーニョがGK曽ヶ端準のニアサイドを抜く技ありゴール。その後に訪れた大ピンチも伊藤宏樹が間一髪のクリアで阻止するなど、3対1のまま川崎が勝利に持ち込むシナリオは着々と進んでいた。

 ところが、である。

 後半25分に達しようかという頃、鹿島陣地で始まったリスタートの場面で、豪雨をみかねた岡田正義主審が試合を一時中断。両チームの選手たちは、ピッチを離れて待機することになった。

 この時点では、多くの人が雨足の弱まる数分後に試合が再開されるだろうと予想していた。アウェー側エリアにいた川崎サポーターは、その間も応援の声を止めず歌い続けていた。

 記者席にも情報は入ってこないので見守るしかなかった。スタジアムにアナウンスが流れたのは、試合中断から約30分後のことだ。ビジョンに表示された言葉は、意外なものだった。

「ピッチコンディション不良の為、本日の試合は中止、ノーゲームとなりました」

 0-0のスコアから、後日の仕切り直しを告げるアナウンスである。それを見て大きく沸き上がったのは、ホームの鹿島サポーターだ。一方で、静まり返っていたのがアウェーエリアの川崎サポーターだ。呆然とし、声を失ったと言っていいかもしれない。

 試合の残り時間は16分だった。

 その後、雨足が弱まっていたこともあり、川崎の選手たちはピッチに現れて「なぜ?」という意味のジェスチャーで試合続行をアピールしていた。特に2得点の鄭大世はよほど納得がいかなかったのだろう。ピッチに座り込んで無言の抗議をしている。

 記者席にいた報道陣も、初めての状況に困惑するしかなかった。

 通常は試合後に監督会見があるが、試合が終わっていないため監督会見はなし。ただマッチコミッショナーが出てきて、報道陣の前で会見を始めるとのことだった。

「審判団の4人が選手の安全を考えて試合ができないと判断しました。ピッチ上に水が溜まり、ボールがコントロールできない状態だった」

 ピッチコンディション不良により中止を決めたという説明だった。同時に、ノーゲームとのアナウンスがスタジアムに流れたものの、これはまだ確定ではないとの説明もあり、後日、Jリーグの理事会で協議するとのことだった。

ヒーローのはずが…異例の決定に鄭大世はミックスゾーンで憤慨

 その後、ミックスゾーンに選手たちが現れた。

 試合後コメントならぬ、試合中断コメントを取ることになったが、最も憤慨していたのはヒーローとなるはずだった鄭大世である。テレビカメラの前で感情的なコメントを口にし、クラブ広報が止めに入るという一幕があったほどだ。

 チームの顔である中村憲剛は、困惑しながらも言葉を並べていた。

「自分としては普通に試合ができたと思っています。小さい頃から、あのぐらいでも試合はやっていましたから。もちろん普段のようなプレーはできないかもしれないけれどできないなりにウチも鹿島も浮き球を使ったりしてやっていたわけだし……。一時中断になった時もみんな集中していたし、残り15分なのでやるものだとばかり思っていた。だから試合が中止になったのはびっくり……何と言っていいのか分からないですね」
 
 後日、Jリーグの理事会により「残り16分の再試合をする」と決定された。中断となる時間までの試合記録を取り消さず、スコアは3対1のまま後半29分から審判団や出場選手なども同じ条件で再開するというものだ。中断時点から試合を再開するのはJリーグ史上初の出来事だった。

 再開試合は約1か月後。この試合に向けた麻生グラウンドでのトレーニングでは、ファーストプレーとなる鹿島側から始まるリスタートを強く警戒していた。関塚隆(当時)監督からの「岩政に合わせてくるぞ!」という大きな声の指示が響く。鹿島がロングボールを選択し得点源であるゴール前の岩政大樹に合わせてくるセットプレーを想定し、入念に準備していたのだ。

 結論から言うと、そのファーストプレーで川崎はいきなり失点している。再開から開始わずか8秒の出来事だ。伊野波雅彦からの前線のフィードが敵味方の密集するゴール前でこぼれ、合言葉のように警戒していた岩政に決められるという、考えられる中で最悪の展開だった。思わず記者席の椅子からズリ落ちそうになってしまった。

 これでスコアは3-2。1点リードしているとはいえ、丸々16分残っており、鹿島はパワープレーを全力で繰り出してきた。2分後にはクロスに合わせたダニーロのヘディングがゴールバーを叩く。一方的な鹿島ペースだった。川崎はパワープレーをただただ耐え続けるという、まるで生きた心地のしない16分だったが、なんとか逃げ切って勝利。1か月待たされた白星を掴み、こうして史上初の再開試合は幕を閉じた。

 試合後の中村憲がほっとした表情で言う。

「すっきりしました。やっと終わったので。勝って終われて良かったです。去年、一昨年のチャンピオンがあれだけの攻撃を仕掛けてきたなかで、最後まで崩れなかったのは良かったと思います」

 そのほかにも森勇介が「2度とやりたくないですね」と苦笑いしていた姿も印象的だったが、おそらく本音だったに違いない。

今度は川崎が1点を追いかける展開で迎える【写真:轡田哲朗】
今度は川崎が1点を追いかける展開で迎える【写真:轡田哲朗】

2009年当時を知るメンバーが語った再開試合

 あれから16年の時を経て、川崎はまたも再開試合を迎える。

 現在も所属している選手で当時を知るのはGK安藤駿介だけだ。当時新人だった安藤はメンバー外だったが、トレーニングの雰囲気は覚えていると言う。

「あの試合を川崎は1つの試合として準備していました。ただ鹿島は16分だけの試合として準備していたのだと思います。その結果、ファーストプレーに入れられてしまった。その準備の差はあったと思いますね」

 今回の浦和戦は後半開始からだ。45分あるが、1点ビハインドで始まる。教訓としては、やはり準備に尽きると彼は言う。

「今回も1試合としての準備の仕方をしていたら、0-2、0-3になるかもしれないですよね。でも、そのあたりはオニさん(鬼木達監督)も分かってると思います。だから、あの時と同じような状況になるとは思わないですし、そこも1つの経験則として伝えたいです」

 再開試合なので、怪我などの事情がない限り、出場していた選手がそのままピッチに立つのが原則となる。先発で出ていた大島僚太に残り45分の浦和戦に向けた展望を聞くと、「疲れそうですよね」と笑っていた。そして、「難しいと思いますが、どのイメージをしてもハマるかは分からないので、みんなで頑張りたい」と口にした。狙うは逆転勝ちである。

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