8か月で3度も離脱…不発に古巣監督から「ありがとう」 苦労人が掴んだ“1人連覇”のチャンス【コラム】
名古屋FW山岸祐也が抱くルヴァンへの思い
9シーズン目を迎えているプロのキャリアで、名古屋グランパスFW山岸祐也は8か月の間に3度もの戦線離脱を強いられた。怪我と背中合わせのサッカー選手とはいえ、かなり稀有なケースといっていい。
最初は2024年2月2日。沖縄・南風原町でのキャンプ中に行われた、浦和レッズとのトレーニングマッチで右膝の内側側副じん帯を痛め、豊田スタジアムに鹿島アントラーズを迎えた同23日の開幕戦を欠場した。
FC町田ゼルビアとの第2節で復帰するも、3月30日の横浜F・マリノス戦で今度は左膝の内側側副じん帯を痛め、5月26日の京都サンガF.C.戦で復帰するまでリーグ戦で10試合の欠場を余儀なくされた。
3度目の離脱は9月4日。先発フル出場したサンフレッチェ広島とのルヴァンカップ準々決勝の第1戦で左太ももの裏を痛め、MRI検査の結果、左ハムストリングの肉離れと診断された。
夏場から先発に定着し、6月5日のルヴァンカップのプレーオフラウンド第1戦、7月14日のJ1リーグ第23節とともに柏レイソルを相手にゴールを決め、新天地でようやく上昇気流に乗りかけた矢先のアクシデント。心が折れかけても不思議ではない怪我の連鎖に見舞われても、31歳のストライカーは絶対に下を向かなかった。
スケジュールを見れば、3度目の怪我を負ったちょうど1か月後の10月4日に、昨シーズンまで所属した古巣・アビスパ福岡との一戦が組まれている。しかも、舞台は約3年半の在籍中に数々の思い出を刻んだ福岡のホーム、ベスト電器スタジアム。実際に先発で復帰した福岡戦後に、山岸はこんな言葉を残している。
「怪我をした瞬間からこの福岡戦を目標にリハビリに取り組んできて、何とか間に合いました」
実はもう1つ、ターゲットに据えている試合があった。山岸が3度目の怪我を負った広島とのルヴァンカップ第1戦を0-1で落とした名古屋は、第2戦で延長戦の末に2-1で勝利。2-2でもつれ込んだPK戦を守護神・ランゲラックの大活躍で3-1と制し、横浜F・マリノスが待つ準決勝へ駒を進めていた。
第1戦は敵地・日産スタジアムで10月9日に行われる。山岸は思考回路をポジティブにフル稼働させた。
「あとはルヴァンカップがあったので、そこでゴールを決めてチームを勝たせるような選手になって、最後はタイトルを取る光景を常にイメージしながら、怪我で出られなかった時期を過ごしていました」
イメージは鮮やかに具現化される。横浜FMとの2試合で、山岸はともに途中出場から貴重なゴールを連発。第1戦はリードを2点に広げ、名古屋を3-1の先勝に導くダメ押し弾。第2戦ではハーフタイム明けに投入された直後の後半1分に、長谷川健太監督の「1点取ってこい」の檄に応えて同点ゴールを叩き込んだ。
第2戦は横浜FMが2-1で勝利したが、2戦合計4-3で名古屋が制した。初優勝した2021年大会以来、2度目の決勝進出を決めた名古屋の準決勝で、山岸の2得点がまばゆい輝きをはなっていたのが分かる。
流通経済大からザスパクサツ群馬、FC岐阜、モンテディオ山形とJ2クラブを渡り歩いた山岸は、コロナ禍だった2020年10月に加わった福岡でJ1昇格を味わう。初めて臨むトップカテゴリーでの戦いは、2021シーズンこそ5ゴールだったが、翌シーズンから2年連続で10ゴールを挙げて、昨オフに名古屋へ完全移籍した。
地道な努力を積み重ねて、力を付けて這い上がってきた。名古屋では大きな期待を託されているとも感じていた。だからこそ、新天地で3度も繰り返された戦線離脱で、どのようにして自らを奮い立たせてきたのか。特に3度目の復帰を目指すにあたって、怪我への不安や恐怖はなかったのか。山岸はこう振り返る。
「自分自身に打ち勝つことが、一番大事だと思ってきました。いろいろなプレッシャーがあるなかで、常に自分に勝たないといけないし、そこで潰れちゃいけない。逆に押し返すくらいのメンタリティーが必要だ、と」
特に3度目の復帰へ向けては、福岡とのリーグ戦、そしてチームが準決勝の舞台へ歩を進めていたルヴァンカップの存在を、山岸はさらに心を強くするための目標としてひそかに位置付けた。
福岡戦ではゴールを奪えないまま、後半16分にFWパトリックとの交代でベンチへ下がった。名古屋も0-1で敗れた試合後には、福岡を率いる長谷部茂利監督から「ありがとうな」と声をかけられた。
ゴールを決められなかったことへの感謝の言葉に「一瞬ですけど、ムッとしました」と苦笑した山岸は、それが長谷部監督流の励まし方だと気が付いた。脳裏にこんな思いが思い浮かんだ時だったという。
「絶対にルヴァンカップで優勝してやる」
昨季は福岡の一員としてトロフィーを掲げた
昨シーズンのルヴァンカップ決勝は、福岡が2-1で浦和レッズを振り切り、クラブ史上で初めてとなる国内三大タイトルの1つを獲得して幕を閉じた。FWで先発し、後半終了間際まで国立競技場のピッチに立った山岸の記憶には、優勝した瞬間や表彰式を通して見た光景がいまも色濃く焼き付いている。
「本当に最高の景色だったし、あのときに『この景色をまた見たい、喜びをまた味わいたい』と強く思いました。今シーズンから名古屋の一員になって、怪我が続いて本当に難しい1年になっていますけど、そこで気持ち的に落ちるのではなくて、ルヴァンカップの決勝で僕がゴールを決めて、優勝のヒーローになると常にイメージしてきました。チームは今シーズンからエンブレムも変わって新しくなっているので、新しいユニフォームにタイトルの星をもう1つ付けて、グランパスファミリーのみなさんと一緒に喜び合いたいと思っています」
福岡からは昨シーズンのオフに山岸ともう1人、DF三國ケネディエブスが名古屋へ完全移籍している。ただ、名古屋の守備の要へと急成長を遂げた三國は、昨シーズンはリーグ戦で出場18試合、プレー時間496分にとどまり、浦和とのルヴァンカップ決勝ではベンチ入りメンバーにも名を連ねていなかった。
つまり、前売り段階でチケットが完売した2日の国立競技場のピッチで、クラブ史上初のタイトル獲得を目指すアルビレックス新潟を相手に、さまざまな形で思い描くイメージを現実のものにした時――山岸は昨シーズン、そして今シーズンとルヴァンカップ決勝の舞台に立ち、なおかつ連覇を経験する唯一の選手となる。
(藤江直人 / Fujie Naoto)
藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。