「あいつに惚れないわけがない」 英国ファンの心鷲掴み…28歳日本人FWが愛される理由【現地発コラム】
PKの1点に泣いた第12節ワトフォード戦
新FWの大橋祐紀が、「ファミリーのよう」と表現するブラックバーン。イングランド北西部の新たな“ホーム”から、南西に270kmほど離れた敵地に乗り込んでの一戦は惜敗(0-1)に終わった。
10月26日に行われた、チャンピオンシップ(2部)第12節ワトフォード戦。大橋は、自身にとっても開幕12試合目のリーグ戦が終わると、両手を腰に当て、しばし佇んでいた。
チャンスの数からすれば、勝っているべきだったということになるのだろう。ブラックバーンは、GKがセーブを強いられることなく戦い終えてもいた。
ただし、創り出したと言える決定機の数は、自軍の「1」に対して相手は「0」という内容だった。枠内シュート数も、2本に対して1本。ブラックバーンのジョン・ユースタスといい、ワトフォードのトム・クレバリーといい、監督が攻めの姿勢を前提とするチーム同士の対戦ではあったが、実際は非常に“タイト”な試合となった。
換言すれば、チャンピオンシップらしい試合だった。二桁順位のチームが、後半戦に入っても昇格争いを演じるケースも珍しくないように、実力拮抗の色が濃いリーグなのだ。
この日のワトフォード対ブラックバーンは、試合前の9位対6位。同日には、アストン・ビラ対ボーンマスという、プレミアリーグの4位対10位も行われた。結果は引分け(1-1)だったのだが、枠内シュート数は両軍合わせて11本。マン・オブ・ザ・マッチには、6割ほどボールを支配された中位チームに、セーブ連発で勝ち点1をもたらしたボーンマスのGKが妥当な内容だった。
これに対し、ポゼッションも五分五分に近かったチャンピオンシップでのワトフォードには、相手のハンドボールで得たPKによって勝ち点3がもたらされた。
勝敗を分ける1点が生まれる12分ほど前、ブラックバーンが均衡を破るべく送り出した1人目の交代選手が大橋だった。後半14分から1トップに入った当人は言っている。
「(プレミアとの)違いはありますし、そのなかでも向上しなきゃいけない課題は多い。やっぱり結果は残したいというか、結果にこだわらなきゃいけないと思っています」
多彩なフィニッシュパターンと働きぶりが掴んだファンの心
チャンスの数が限られるピッチ上では特に、ネットを揺らす仕事を本職とするFW陣の責任は重い。
ブラックバーンには2度、先制の機会があった。セットプレーの流れから訪れた1度目はゴール枠に阻まれたが、思い切り蹴り込もうとしたのはCBのドミニク・ハイアムだった。
しかし、2度目の場面でシュートがバーの上を越えたのは、トップ下のアンドレアス・バイマン。ベテランの今季新戦力は、ゴール前に抜けたあとの強すぎたタッチが悔やまれる。
その直後から約36分間、得点を期待された大橋も次のように語っている。
「今日に関しては、チャンスが少なかったとは思わないですし、本当、フォワードとしてどの試合も決めなきゃいけないと思います。そこにこだわりを持ってやっていきたい」
確かに、大橋は投入1分後に始まって3回、シュートを打っている。右足ミドルと、ヘディング2本。後半37分の3本目などは、ループ状のヘディングシュートで相手GKの頭越しにファーサイドへという狙いも賢明に思えたが、先立つ2本と同じく枠を外れた。
いずれも、決定機と呼べるまでのチャンスではなかった。それでも自己に厳しい発言は、ホームでウェスト・ブロミッジとスコアレスドローに終わった前節での枠外が意識のなかにあったのかもしれない。ライン越しのパスに反応し、ファーストタッチも申し分なかったが、続いてバウンドに合わせたはずのボレーはニアポストの外へと向かった。
とはいえ、マイボール時にはセンターフォワード(CF)として前線でタメを作り、相手ボール時には効果的なプレッシングを欠かさない働きぶりは、総合的に10点満点で7、8点を与えても良い出来だった。しかし、国内メディアのレポートに、「絶好機を逃した」という類の表現が多かったことは言うまでもない。
続くワトフォード戦でのベンチスタートは、4-2-3-1システムの最前線で83分間をこなしてから中2日という日程に加え、敵の後方2列には身体の大きな選手が揃っている事実もあったのだろう。やはり今季の新FWで、よりフィジカルに恵まれたマクタル・グアイがスタメンに名を連ねている。
だが、1トップで先発したセネガル人CFが存在感を示したとは言い難い。59分間でのシュートは2本。連係にしても、パス成功率は4割台前半に留まった。
振り返ってみれば、今年2月からのユースタス体制下では、昨季後半戦でも、チャンスを確実にものにできず、チームパフォーマンスに結果が伴わない試合が複数あった。そのチームに加わるや否や、違いを見せ始めていた新戦力が大橋だ。
開幕節ダービー戦(4-2)では、クールなチップキックによる初ゴールで、自らデビュー戦に華を添えた。翌節ノリッジ戦(2-2)終盤の同点ゴールは、ダイビングヘッド風。第5節ブリストル・シティ戦(3-0)での2ゴールは、それぞれ右足と左足で対角線上のゴール上隅に放り込んでみせた。
フィニッシュのバラエティーも豊富な決定力の持ち主とくれば、ファンが「あいつに惚れないわけがない!」と言うのももっともだ。ワトフォード戦の会場に向かう途中、まだキックオフまで2時間近くあったのでうろついていたのか、ブラックバーンのチームカラーである青白ツートンのユニフォームを着て、逆にスタジアムのほうから歩いて来た青年に声をかけ、「大橋、どう思う?」と尋ねた際の即答だった。
「とにかく成長しながら、ゴールはしっかり取り続けたい」
「すべてはサポーターたちのおかげ」とは、第5節後にクラブ公式サイトのインタビューに答えた大橋の発言だが、海外初挑戦であることを考えればなおさら、上々のフィット感はピッチ上で戦いをともにするチームメイトたちとの間にも言える。
「みんなコミュニケーションをよく取っていますし、凄くチームとしての一体感、ファミリーっていう感じがあるのでありがたいことです。そのなかでもっと、フォワードとして(ボールが)欲しい場面だったり、そういうのを共有しながら、もっとゴールに近づく回数を増やしたいと思います」
途中出場となった今回も、大橋はオフ・ザ・ボールでの動きの良さや速さを含めて、グアイとは異なる持ち味を窺わせた。
「チームでの争いもありますし、そのなかでしっかり結果を残していきたい。もちろん、(向上を図るべき点は)いろいろありますし、考えながら毎日トライしているつもりなので、とにかく成長しながら、ゴールはしっかり取り続けたい」
大橋が、ステップアップを期して移籍したブラックバーンには、24チーム中19位で終えた昨季よりも順位を下げるとする開幕前の見方もあった。しかしながら、欧州でチャンピオンシップほど予想が難しいリーグは、楽勝カードなど存在しないと言われるプレミアを含めてもほかにないのではないか?
今季も、まだシーズンの4分の1程度を消化した時点ではあるものの、下馬評では優勝候補に挙げる声が多かったミドルズブラとルートン・タウンが、それぞれ9位と22位で第12節を終えている。そして、ブラックバーンは6位。これが、チャンピオンシップの厳しさでもあり、醍醐味でもある。
ワトフォード戦では、ペナルティスポットからのワンチャンスをものにした敵に勝利を持っていかれた。だが、責任感も自覚もある大橋が、ゴールというストライカーとしての結果を出していけば、勝利というチームとしての結果も近づく。
(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)
山中 忍
やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。