異例の“公開ラブコール” J1昇格立役者の獲得を監督熱望…教え子が抱く本音【コラム】
レンタル移籍中の清水DF住吉ジェラニレショーンは恩師・秋葉監督のもとで奮闘
めったに見られないやり取りだった。敵地で栃木SCを1-0で振り切った清水エスパルスが、3シーズンぶりのJ1昇格を決めた10月27日のJ2リーグ第36節後のフラッシュインタビュー。後半5分に値千金の決勝点を挙げ、守っては零封に貢献したDF住吉ジェラニレショーンへ、秋葉忠宏監督が異例のラブコールを送った。
「素晴らしい選手がこのエスパルスに入ってくれたと思います。ただ、彼はまだわかりませんから。しっかりとレンタル(移籍)から完全(移籍)になるように、また頑張ってほしいと思っています」
国士舘大からJ2の水戸ホーリーホックを経て、2021年7月にサンフレッチェ広島へ完全移籍した住吉は今シーズンを戦うにあたって、水戸時代に熱血指導を受けた秋葉監督が指揮を執る清水へ期限付き移籍した。
広島での2年半で、リーグ戦の出場はわずか15試合にとどまった。出場機会を求めていた住吉は、昨シーズンの最終節とJ1昇格プレーオフ決勝でともに引き分け、前者でJ1への自動昇格を、後者ではJ1への昇格そのものを逃した清水で2年越しの悲願を成就させたときに、自分自身も成長できると信じて移籍した。
「昨シーズンの最後に勝ち点1、得点1に泣いたチームを選び、常に上位にいなければいけないと、負けが許されないと自分自身にプレッシャーをかけながらここまで戦ってきました。まだ優勝という目標は残っていますけど、第一の目標である昇格をここで成し遂げられたので、いまはホッとしています」
3バックの栃木に対して、秋葉監督も9月18日の徳島ヴォルティス戦以来、5試合ぶりに3バックで臨んだ栃木戦。練習中のアクシデントで、元日本代表の守護神・権田修一が今シーズン初めて欠場した一戦で、住吉は最終ラインの真ん中でフル出場を果たし、実に8試合ぶりに達成したクリーンシートに貢献した。
もっとも、前半開始早々の3分に左コーナーキック(CK)がペナルティーエリアの外へこぼれたところを、MF石田凌太郎に豪快に叩き込まれた。負ければJ3へ降格する可能性があった栃木が先制し、カンセキスタジアムとちぎを熱狂させた直後に、ゴール前にいたFW矢野貴章のオフサイドでゴールは取り消された。
CKを頭で弾き返した住吉が、失点が続いた直近の試合の反省を込めてプレーしていたと明かす。
「競った後にみんながラインを上げるという、当たり前のプレーでオフサイドが取れて救われた。前節は先制しながら逆転負けしているし、その前は先制点を取られているなかで、守備面で何かを改善しなきゃいけなかった。高さを含めてスタイルが違う相手に対して、球際とセットプレーでの競り合い、セカンドボールの攻防といったサッカーの本質の部分で相手に上回られてはいけないと、みんなでずっと声をかけあっていました」
住吉が決めた虎の子の先制点も、セットプレーから生まれていた。後半5分に獲得した3本目のCK。右からMF宇野禅斗がインスイングであげたクロスを、ニアでMF中村亮太朗がフリックしたゴール中央へ、MF川名連介との競り合いを制して飛び込んできた住吉が右足のワンタッチでゴール右隅に押し込んだ。
今シーズン4ゴール目を挙げた住吉は、日大藤沢高ではストライカーとして活躍。国士舘大入学後に守備陣に怪我人が相次いだチーム状況もあって、センターバックへ転向した経歴をもつ。前半はほとんど決定機を作れなかったなかで、ようやく迎えたセットプレーのチャンスで元ストライカーの感覚を蘇らせた。
「選手一人ひとりに役割があったなかで、相手のストーンの前で(中村)亮太朗が触り、僕がそのこぼれ球に入る練習通りのゴールだった。自分は最後に触るだけだったし、その意味でみんなに感謝したい。秋葉さんからは、攻撃でも守備でもペナルティーエリアの中に入ったら、そのポジションの仕事をしなきゃいけないと口を酸っぱくして言われてきた。さらに前線の選手が点を取れないときは、セットプレーがカギを握るとも。セットプレーは自分が点を取れるチャンスだし、あの場面では自分が点を取ることしか考えていませんでした」
8分が表示された後半アディショナルタイムの48分には、周囲をヒヤリとさせている。栃木のロングボールに対して、権田の欠場に伴い、鹿島アントラーズから移籍後で初先発を果たしていた沖悠哉が積極的に前へ飛び出し、キャッチする体勢に入った直後に、下がりながらクリアしようとした住吉と接触したからだ。
恩師・秋葉監督のもとでJ1昇格の立役者に
敵味方が入りまじった大歓声で、すでにかすれていた沖の声がさらに届きにくくなった状況と、絶対に無失点に抑えると闘志を燃やす住吉の責任感が交錯したアクシデント。沖がファンブルしたボールをつながれ、相手選手に放たれたシュートは、ピンチを察知して飛び込んだDF原輝綺がブロックして事なきを得た。
試合後に沖と話し合い、問題点を確認した住吉は「あのときは僕もやばい、と思いました」とこう続けた。
「ただ、僕もその後にシュートに対してアタックにいっていたし、ゴールのカバーに入ってくれる味方もいた。あの状況でチャレンジするのは決して悪くないし、むしろああいう場面で前へ出てくるのは沖のいいところでもある。結果論ですけど失点しなかったし、あとはまた改善していけばいいと思っています」
今シーズンはここまで29試合に出場し、プレー時間の合計も2535分に達している。これまでの最多がルーキーイヤーの2020シーズンの27試合、1958分だった住吉は、J2リーグとはいえプロのキャリアで心身ともにもっとも濃密なシーズンを全力で駆け抜け、最初の目標だったJ1昇格を果たす原動力の一人になった。
「厳しい戦いが続いていたので、うれしいけどまだ実感がわかないというか、不思議な感じです」
初めて昇格の可能性が生まれた6日の水戸ホーリーホック戦で2点のビハインドから何とか引き分け、20日の前節では満員のホームでモンテディオ山形に逆転負けを喫した。3度目の正直でもぎ取った昇格に、思わず本音を漏らした住吉の清水への期限付き移籍契約は、来年1月末で満了を迎える。
「サッカーにおける成長とは周囲が評価するものだと思っているけど、一番わかりやすいのは結果。この順位にいることと、試合に出場し続けられていることで貢献はできていると思う。秋葉さんもよく言いますけど、特にこの緊張感というのは上に立つチームにしか味わえないものだと思っている。リーグ戦の残り2試合に勝てば、もうひとつの目標である優勝も決まるので、そこへ向かってみんなで頑張っていきたい」
同時間帯にファジアーノ岡山に敗れた横浜FCと入れ替わり、勝ち点2ポイント差をつけて首位に再浮上した清水は、早ければいわきFCと対戦する11月3日の次節に優勝も決まる。来シーズン以降の契約はクラブ間の話し合いに委ねられるなかで、栃木戦後に何度も「秋葉さん」と言及した、いまも恩師と慕う指揮官のもとで、住吉は加入時に誓った「熱く、激しく、魂を込めたプレー」の集大成を貪欲に追い求めていく。
藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。