18歳の遠藤航に衝撃「なかなかできない」 ユース時代で常人離れ、恩師が明かす“唯一無二”【インタビュー】
「彼は決してブレない」 曺監督が18歳の遠藤に見出した不動心
日本代表MF遠藤航は世界有数のビッグクラブであるイングランドの名門リバプールでプレーし、森保ジャパンではキャプテンとしてチームのまとめ役を担う。30歳を超えてプレミアリーグに初挑戦してレギュラーの座を勝ち取るなど、これまでに前例のないようなキャリアを歩んできた。出番を失うことがあっても、そのたびに自身の価値を証明し、定位置を掴み取ってきた彼は、いかにして世界のトップレベルで戦える選手になったのだろうか。湘南ベルマーレ時代にその才能を見出した曺貴裁監督(現京都サンガF.C.)は言う。彼のような“強賢い”選手はほかにいない――。その言葉の真意に迫る。(取材・文=石川遼)
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日本代表がワールドカップアジア最終予選を戦っている10月の代表ウィーク期間中。京都を率いる曺監督のインタビュー中に、教え子である遠藤について質問を投げかけた。湘南時代にまだ10代だった遠藤をユースからトップチームに引き上げ、のちにキャプテンに任命した張本人に、現在の遠藤の姿はどのように映っているのか、と。
すると、指揮官は当時からベテラン選手のような振る舞いが印象的だと語る。
「これはよく言ってるんですけど、俺はまだ18歳だった彼にPKを蹴らせたんです。それはなぜかと言うと、彼は外しても何も動じないだろうなと思ったからなんです。動じていないフリをすることができる選手はほかにもいます。ただ、動じないようなフリをする選手というのは、そのあとにボールをもらわなくなるし、全部クリアしたり判断がバラバラになったりするんです。でも、彼にはそれがない。彼みたいにしようと思っても、なかなかできるものではないんですよ」
10代の時点ですでに備わっていたという何事にも動じない不動心。それはもちろん31歳となった今も変わらない。
遠藤はキャプテンを務めた前所属クラブのシュツットガルトでも、昨季からプレーするリバプールでも、加入当初は出場機会が得られない時期を経験している。しかし、着実に信頼を積み上げ、後にチームにとって欠かせない選手へと成長してきた。リバプールではアルネ・スロット監督の就任した今季は出番を急激に減らしているが、限られた出番のなかで監督が求める役割を遂行するため、ひたむきにハードワークを続けている。
外から見ている側として当然「リバプールに居場所はなくなってしまったのか」という不安が頭をよぎる。しかし、遠藤はまるで他人事のように自身の置かれた立場を冷静に見つめている。
「ちょうど昨年の終わり頃、彼に会いにイングランドに試合を見に行って、その時もゆっくり話したんですけど、今の彼の立ち位置は世界で一番レベルの高いリーグの中でビッグ4とかビッグ6と言われるようなクラブに所属していて、いわば誰もが目指す最終地点に辿り着いてしまった。そこから考えるとほかに類似のクラブを探すのは難しい状況です。普通、あれほどのレベルに行ったら『自分はあの選手よりもここが劣っているからこれをしなきゃいけない』とか悪い意味でぶれたりすると思うんです。もちろんいい意味で言えばそれは変わろうとする心のことなんですけど、やっぱり彼は決してブレることがない」
「彼のような強賢い選手はほかにいない」
イングランドメディアでは、リバプールが新しい中盤の選手を補強すべきと盛んに報じられていた際、遠藤は日本のメディアのインタビューで「僕も中盤の6番は獲ったほうがいいと思っています」と飄々と語った。重要なのは自分が試合に出られるかどうかではなく、どうすればリバプールがさらなる高みに辿り着けるのか。遠藤はそのためにやるべきことを考え続けている。
「航がリバプールに行く前に、ファビーニョとか(ジョーダン・)ヘンダーソンが抜けました。その時、彼は全世界のサッカー選手を見て、自分の立ち位置を見て、もしかしたらオファーが来るかもしれないって本気で思っていたと思うんですよ。『リバプールには俺みたいなタイプはいない』と。そして1年経って、リバプールが次のステージに行くためには『俺のポジションに誰かが必要だな』ということも本気で感じている。
去年出れなかった(ライアン・)フラーフェンベルフが出てきて、(アレクシス)マック・アリスターや(ドミニク・)ソボスライと一緒にプレーしていますけど、航はソボスライやマカリスターがそこ(6番)をやる選手じゃないなということも分かっているんですよ。4-3-3のアンカーだったら、ソボスライやマック・アリスターよりも自分のほうがいいプレーができることも、システムが変わってフラーフェンベルフを使う監督の意図も理解していているうえで、今はフラーフェンベルフの良さを盗みながらやっていくしかないと考えている。全然ネガティブに捉えてはいないと思うんです。でも普通はそこまで考えませんよね」
遠藤がピッチ上で見せるプレーに加え、こうしたエピソードに触れた端々で感じるのがやはり非常に“賢い選手”だということだ。曺監督は「彼の場合、賢いとかクレバー(clever)という言葉は何かマッチしないと思っているんです」と言い、単に“賢い”だけではなく、そこにはもう1つの重要な要素が含まれていると強調した。
「航のクレバーさというのは、“強さを伴ったクレバーさ”なんです。その時に必要なプレーを間違うことがない判断力を持ち合わせている。ただ賢いだけの人ならほかにもいるんですけど、そこには強さがないと人はついてこない。意志の強さとはまた違う。意志と言うと思いだけになってしまうんだけど、芯の強さと言うんですかね。彼のような強賢い(つよかしこい)選手ってほかにはいないんです。もっとスピードがあって、もっとうまくて、もっと賢い選手もいたかもしれないけど、航のようなタイプは唯一無二ですね」
「彼らには試合勘なんて言葉はないんじゃないかな」
遠藤がリバプールで出場機会を減らしたことを受け、日本代表の試合に向けて試合勘が鈍ってしまうのではないのかという心配の声がファンやメディアの間でも持ち上がった。遠藤自身はそれを全く意に介していない様子だったが、曺監督もそういった心配は一切ないと感じているようだ。
「海外に行ってからも彼は試合に出られないという経験をしています。だから時間をかけて見てもらえる監督じゃないと使われないなっていうことはしっかりと理解しているはずなんです。だから(現状に)不平不満を言わない。代表では試合勘がないっていうふうに周りから見られないように、イメージトレーニングだったりもしっかりとアプローチはしているはずです」
これまでの経験から試合に出られない時期があっても、その状況に合わせて準備する術は心得ている。そして、それだけではない。世界屈指の競争力を誇るプレミアリーグやUEFAチャンピオンズリーグで戦い続けるチームは常に試合を想定したインテンシティーの高い練習を日々行っている。そんな場所に身を置いている遠藤の「試合勘が鈍る」などと考えること自体がナンセンスと言えるのかもしれない。
「そもそもを言えば、リバプールでは世界で一番レベルの高い練習をしてるはずじゃないですか。彼らは当然、試合をイメージしながら練習をやっているから、彼の中に『試合勘』という言葉がないんじゃないかと思っています。日本だと紅白戦とか練習試合がないと試合勘がなくなるなんて見られ方をされますけど、プレミアリーグのチームは練習で紅白戦はやらない。でも、あのレベルに行くと練習は常に試合をイメージしたものしかないので、試合勘がないなんてことを言われることはないと思いますよ」
教え子が苦しい立場の現状でも、恩師は冷静に見守っていた。
[PROFILE]
曺 貴裁(ちょう・きじぇ)/1969年生まれ、京都府出身。1997年の現役引退後、指導者へ転身。2012年に湘南ベルマーレ監督に就任すると、攻守一体となった堅守速攻の“湘南スタイル”を確立させ、18年のルヴァンカップで初優勝を果たした。21年から京都サンガF.C.の監督に就任。当時J2だったチームを12年ぶりのJ1復帰へ導いた。
(石川 遼 / Ryo Ishikawa)