“若い素材”がもたらす特大リターン 日本人最高齢監督が示したJリーグの進むべき道【コラム】

リーグ戦4試合を残して残留を決めた東京ヴェルディ【写真:徳原隆元】
リーグ戦4試合を残して残留を決めた東京ヴェルディ【写真:徳原隆元】

若い選手たちの闘争心や向上心に刺激、城福監督が東京Vに植え付けた競争

 東京ヴェルディが浦和レッズに完勝した。

 圧倒的にゲームを支配した前半は、浦和の唯一のチャンスだったショートカウンターから失点しリードを許した。しかも浦和の松尾佑介が東京Vのボランチ齋藤功佑からボールを奪取した際には足を刈り取っていたが、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)も介入しなかった。

 昇格1年目の若いチームには明らかに酷な状況だった。だが後半も攻勢にゲームを進めた東京Vは、リセットを巧みに活かして逆転に成功する。J1は世界でも稀な混戦リーグだが、この日の両チームを見る限り明白な完成度の違いがあった。

 東京Vはテンポ良くパスを回しながら全体を押し上げサイドへとボールを運ぶと、工夫を凝らして30本近いクロスを送り、そのうち2度が結実した。ホームチームがしっかりと逆転し、内容と結果が一致した試合となった。

 4試合を残して7位。決して降格を心配する順位ではないが、城福浩監督はあえてJ1への残留決定を口にした。

「シーズン前は多くの予想が最終節まで残留争いに巻き込まれるというもので、でもそれは妥当だったと思う」

 クラブの財政事情を鑑みれば、今年大旋風を巻き起こしたFC町田ゼルビア以上の成果と見ることもできる。指揮官は、その躍進の要因を「自信と競争」と見ているようだ。例えば、この日センターバック(CB)として2ゴールを挙げた綱島悠斗については、こう評価した。

「彼はずっとボランチでプレーをしていて、フィジカルもメンタルも試合に出ておかしくないだけのものは持っていた。しかしボランチの時は課題に意識が偏りがちだったのが、CBで起用するとストロングポイントのみを意識してプレーしている。改めて選手を成長させるのは自信の2文字なのだと思う」

 一方でこの日ベンチに入れなかった選手たちは午前中に「歯を食いしばってトレーニングに取り組んでいた」と語る。これまで多くのJクラブでは、スタメンに近づけずベンチに入れない選手たちには練習時間も十分に確保されていなかった。

 プロ入りして間もない選手たちは、公式戦の経験のみならず紅白戦でも見学に回るような状況が続き、そんな環境も大学選択者を増やす一因になっていたはずだ。だが城福監督は、あくまでトレーニング現場を平等な競争の場にして、若い選手たちの闘争心や向上心を促した。「3歩進んで2歩、時には4歩下がってしまうこともあり、牛歩の如くここまで進んできた」と振り返るが、1つのシーズンとして見ればほかに類がないほど急激な進化を遂げた。

 また東京Vと同じく未知の可能性を開花させて、同日に首位のサンフレッチェ広島を倒し3連勝で残留に近づいたのが湘南ベルマーレである。後方ではベテラン勢が支えるが、スタメンには23歳以下の選手が過半数の6人。町野修斗、大橋祐紀と立て続けにエースストライカーを放出しながら、今年は23歳の福田翔生が9ゴール3アシストと大ブレイクを果たして穴を埋めた。

 しかし対照的に予想外の不振を極めた浦和や川崎フロンターレは、十分な実績を持つ選手たちを補強しながら、チームは高齢化して鮮度と勢いを失った。もちろん東京Vや湘南には、若い選手たちを戦力として引き上げるしかない背景があった。しかしプロの世界に飛び込むだけの土台を持つ選手なら、当然若い素材への投資のほうが大きなリターンを望める。そんな慧眼ぶりを、J1では日本人最高齢の監督が示したことも、未来への示唆に富むと言えそうだ。

(加部 究 / Kiwamu Kabe)

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加部 究

かべ・きわむ/1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。

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