韓国監督が感動…日本での「見たことない光景」 Jクラブはなぜ異例の行動に?国境を越えた絆【コラム】

川崎のホームで行われたACLEの試合後、光州の監督にとって驚きの光景が広がった【写真:徳原隆元】
川崎のホームで行われたACLEの試合後、光州の監督にとって驚きの光景が広がった【写真:徳原隆元】

ACLEで川崎の本拠に乗り込んだ光州FC監督が感激

 何が起こっているのか、すぐにはわからなかった。激闘を終えたばかりの両チームがピッチ中央で試合後の挨拶を終え、ベンチの選手や首脳陣までが加わり、センターサークル付近でお互いを称え合った直後だった。ホームの川崎フロンターレ、アウェーの光州FC(韓国)の選手たちが同じ方向へと歩み出していった。

 総勢で数十人もの集団が向かった先はバックスタンドの右側、光州のサポーターが陣取っているエリアだった。10月1日にUvanceとどろきスタジアムで行われた、AFCチャンピオンズエリート(ACLE)東地区のリーグステージ第2節。1-0で勝利した光州のイ・ジョンヒョ監督の言葉が、すべての謎を解き明かしてくれた。

 試合後の公式会見。ホームで横浜F・マリノスに7-3で圧勝した開幕節に続いて、連勝スタートを飾った一戦を「全力を尽くした選手たちに感謝している」と総括した指揮官は、あえて「最後に――」とつけ加えている。

「川崎の選手たちがわれわれのサポーターのところへ挨拶に来てくれたのは、いままでに見たことがない光景でしたし、こうしたカルチャーは素晴らしいものだと感じています。川崎の選手やスタッフにも感謝しています」

 試合後に自軍のファン・サポーターのもとへ向かい、挨拶する光景はもうお馴染みとなっている。ただ、アウェーチームのファン・サポーターのもとへ、真っ先に向かって挨拶したのは稀有に映ってならなかった。

 なぜ川崎の選手たちは光州サポーターに挨拶をしてから、自軍のファン・サポーターのもとへ向かったのか。キャプテンのMF脇坂泰斗は「決まりごとではないんですけど……」と断りを入れながらこう続けた。

「日本にまで来てくれているアウェーチームのサポーターもいたので、感謝の気持ちといったものはもたないといけないと思って。蔚山戦を含めて、これまでにも何回かやったこともありますし、僕が発案したというよりは、何て言うんですかね、流れというものもありますし、今後も続けていければいいかなと思っています」

 脇坂が言及した蔚山戦とは、敵地で9月18日に行われた蔚山HDとのACLE開幕節を指す。1-0で勝利した試合後に、川崎の運営スタッフとの間で交わしたやり取りを脇坂はこう明かしている。

「あのときは運営の方に『挨拶に行った方がいいんじゃない』と言われて、それもあって行った感じですね」

 蔚山の本拠地へ駆けつけた相手サポーターのもとへも、川崎は真っ先に挨拶に向かっていた。その流れを引き継ぐ形で、光州戦でも同じ行動を取った。背景には川崎と蔚山との間で紡がれてきた知られざる歴史がある。

 川崎にとってACLへの参戦は今回で11度目になる。そして、4度目の出場だった2014シーズンを皮切りに、蔚山とは実に7度にわたって顔を合わせている。グループステージでの成績は川崎の3勝4分け4敗。2021シーズンには一発勝負のラウンド16で対峙し、0-0のまま突入したPK戦で川崎が2-3で敗れている。

 クラブ名称が蔚山現代だった2012、2020シーズンにACLを2度制するなど、東アジアの強豪として君臨してきたチームと何度も激闘を繰り広げてきた間に、お互いを認め合う関係がいつしか生まれた。そして、蔚山だけでなくそのサポーターへもリスペクトの思いを届けようと、試合後に挨拶へ向かうようになった。

 アジアの戦いにも参戦しながら、川崎の間で受け継がれてきた伝統というべきだろうか。どれだけ激しく、蔚山との間で火花を散らすような展開になっても、試合が終わればラグビーでいうノーサイドとなる。

 光州戦の後半も荒れ気味になった。MF遠野大弥がボールとまったく関係のない場面で、MFキム・ジンホに背後から倒されたのは後半16分。アディショナルタイムの同49分には、お互いにヒートアップした川崎のFWエリソン、光州のMFイ・ガンヒョンがそろってイエローカードが提示されている。

 この場面では日本代表DF高井幸大が、光州の守護神キム・ギョンミンと接触したプレーをきっかけに両チームがもみ合う寸前となり、チーム最年少のホープ、20歳の高井を守るようにエリソンが割って入っていた。

「試合中はお互いの気持ちが高ぶっているので、自然と感情的な部分が出るところがある。イエローカードの場面では相手選手が仲間たちを守るように、自分もフロンターレの選手を守るという強い気持ちが出た。ただ、ゲームが終われば謝るべきところは謝って、リスペクトしなければいけない部分はしっかりとリスペクトする」

 お互いに警告を受けた場面を苦笑いしながら振り返ったエリソンも、もちろん光州サポーターのもとへ挨拶に向かっている。光州の指揮官が感激していた、と伝えられた脇坂も「よかったです」と表情をほころばせた。

「ゲーム中もそうですけど、ゲームが終わったらお互いをリスペクトし合うのは当たり前だし、日本まではるばるきてくれているサポーターへの感謝も含めて、これからも行動で示していきたいと思います」

 チームの姿勢が伝わっているからか。試合後には川崎のファン・サポーターも、クラブ史上で初めてアジアの戦いに臨んでいる光州へ惜しみない拍手を送っている。キャプテンのDFイ・ミンギが声を震わせた。

「試合中からスタジアムの素晴らしい雰囲気に感動していたけど、試合後にはさらに感動させられた。(拍手は)韓国で見たことがない、というわけではないが、それでも非常に珍しいことだと思う。だからこそ、川崎のファン・サポーターの方々に対して、僕たちもリスペクトしながら感謝の思いを伝えました」

 今回から大会方式が変わり、ACLEは参加24クラブが東西に分かれて、それぞれが異なる国の8クラブとリーグステージを戦う。ホームで上海海港と山東泰山(ともに中国)、セントラルコースト・マリナーズ(豪州)戦が、アウェーでは上海申花(中国)とブリーラム・ユナイテッド(タイ)、浦項スティーラーズ(韓国)戦が待つ今後の戦いへ。川崎は闘争心とリスペクトの思いを同居させながら、まずはラウンド16へ進める8位以内を目指す。

(藤江直人 / Fujie Naoto)

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藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

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